創業300年を控え、「伝統」と「革新」の両輪で日本酒の復権を目指す

 5年後の2017年に創業300年を迎える沢の鶴。日本酒市場は長く低迷が続いているが、伝統の酒造りを守りつつ、新しいニーズにこたえる画期的な商品の開発に挑み、日本酒の再興に向けて健闘を続けている。代表取締役社長の西村隆治さんに聞いた。

 

西村隆治氏 西村隆治氏

──300年にわたって沢の鶴が守り続けているものとは?

 灘本流の酒造りです。灘本流とは、六甲おろしの寒風と内海の影響による「寒造り」に適した地、灘において、六甲山の伏流水「宮水」と、酒造好適米の中でも最高といわれる山田錦を用い、丹波流の酒造りを受け継いだ「丹波杜氏」の技によってできたお酒のことをいいます。沢の鶴は、もともとは米屋でした。そのルーツを大事にし、純米酒にこだわってきました。おかげさまで純米酒売上ナンバーワン(調査会社調べ)を維持しています。

──日本酒の普及のため、どのような取り組みを行っていますか?

 日本酒の特徴をわかりやすく伝えるさまざまな取り組みをしています。例えば、1993年に業界で初めて日本酒の冷・燗(かん)温度の表現と定義を発案し、提唱しました。5度の冷や酒は「雪冷え」、10度の冷や酒は「花冷え」、35度前後の燗酒は「人肌燗」、40度前後の燗酒は「ぬる燗」といった具合です。これは公式に認められています。
また、当社には、日本酒への深い知識を持つ、きき酒師が約130人おり、商品開発はもとより、お得意様へのアドバイスに活用しています。

──2010年に販売を開始した「米だけの酒 旨みそのまま10.5」がヒットしています。

 前年比200%の成長を続けています。日本酒のアルコール度数は15〜16度が一般的ですが、「度数が強いので酔いやすい」といって敬遠される方もいました。この課題を解決するため、度数を抑えた純米酒の開発に長年にわたって取り組んできました。これまでの一般的な低アルコール日本酒は、本格的な日本酒とはほど遠い味わいになっていました。当社では、米と米麴(こうじ)だけを使った純米酒で麴を2倍以上使うことで、アルコール度数は10.5度でありながら、本格的な日本酒のうまさを実現させることに成功しました。

──地域ブランドの向上にも力を入れていますね。

 2011年10月、灘の酒のブランド向上のため、灘五郷にある8つの酒造会社が「灘の生一本」という統一ブランドを発売しました。また、同年、灘・伏見・伊丹の酒造11社で「日本酒がうまい!」推進委員会を発足。おいしい燗のつけ方を紹介するDVDを作成して飲食店に配布するなど、「飲み方提案」を通してニーズの拡大を目指しています。今夏は、「日本酒ロック元年」と銘打ち、日本酒を氷で割って飲むスタイルを提案しました。こうした連携と、沢の鶴のオリジナリティーの追求と両輪で、販路拡大をはかっていきたいと思います。

──海外での日本酒需要が伸びています。

 海外の日本酒市場は価格競争の様相を呈していますが、当社としては、品質重視で日本酒の魅力を広めていきたいと考えています。そのためにも、現地の方に味わい方、楽しみ方、造り方や歴史などを知っていただき、日本文化として、日本食と同様に、日本酒の価値を高める取り組みにカを入れています。

──阪神大震災では、大変な被害にあわれました。

 震災では、酒蔵7蔵を含む20数棟が全壊し、残存していた木造蔵はすべて倒壊しました。それを目にしたとき、「無残と言うも愚かなり」と思わずつぶやいていました。しかし、苦しいときこそリーダーがしっかりしなければなりません。集まることのできた社員を動員してがれきを片付け、震災2週間後には倒壊を免れた建物の製造ラインを復活させ、出荷に向けて動き出しました。

 社員は泊まり込みまでして本当によく働いてくれました。仲間の士気を高めてくれる人も自然に出てきて、人の真価というのはこういうときに発揮されるのだと実感しました。そして、その年に、従来のカップ詰より容量の多い「丹頂1.5カップ」を発売し、3年後の98年に「米だけの酒」を新発売し、どちらもヒットしました。これらの商品が売れたおかげで震災のダメージから立ち上がることができました。

 また、江戸後期に建築された木造蔵で、兵庫県指定有形民俗文化財に指定されていた「沢の鶴資料館」も震災で廃土と化してしまいましたが、県と市の援助を受けて再建。文化財としての指定を継続するために従前の木材を51%使用し、新たに免震システムを施しました。今、外国人観光客も含めて多くの方が資料館を訪れてくださっています。

──西村社長の著書『灘の蔵元300年、ここだけの話 国酒の謎に迫る』が来春刊行予定です。

 日本の国家行事の宴席で出される「乾杯」の酒がなぜシャンパンなのか。まずい米(山田錦)からなぜうまい酒ができるのか。「日本酒通は辛口好み」は果たして本当か……。といったさまざまなテーマを取り上げています。多くの人に日本酒の魅力について知っていただきたい。日本の歴史の歩みとともにある「文化としての日本酒」への理解を促したい。そんな思いを一冊にまとめました。

沢の鶴資料館にて 沢の鶴資料館にて

──愛読書は。

 卜部(吉田)兼好の『徒然草』です。鎌倉期の世相を映すエピソードの数々からは、そこはかとないおかしみを感じます。例えば、「或者、小野道風の書ける和漢朗詠集とて持ちたりけるを、」で始まる第八十八段。ある者が、「小野道風(平安時代の書道の達人)が書写した『和漢朗詠集』だ」と言って持っていたのを、ある人が、「四条大納言(小野道風亡きあと生まれた藤原公任のこと)が編纂(さん)したものを道風が書写するというのは時代が合わないのではないでしょうか」と言ったところ、「だからこそ珍しいのですよ」と、いよいよ珍重したという話。クスッと笑ってしまいます。第百十七段の「よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師(くすし)。三つには、智慧ある友」というくだりは、「物をくれる友」を最初に挙げているところがなんとも傑作です。この随筆集は、人生訓としても社会評論としても時代を超えて一級だと思います。

西村隆治(にしむら・たかはる)

沢の鶴 代表取締役社長

1945年生まれ。大阪府出身。67年京都大学法学部卒。73年同大学院法学研究科博士課程卒。同年文部教官京都大学法学部助手。74年沢の鶴入社。78年常務取締役。84年から現職。
84年から灘五郷酒造組合理事。2002~10年兵庫県酒造組合連合会会長・日本酒造組合中央会近畿支部長。02年から日本酒造組合中央会理事。06年から日本酒で乾杯推進会議運営委員会委員長。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、西村隆治さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.42(2012年9月24日付朝刊 東京本社版)