この8月に全国農業協同組合中央会(JA全中)会長に就任した萬歳章さん。東日本大震災からの復興、福島原発事故による農畜産物への風評被害対策、環太平洋連携協定(TPP)への参加問題など、課題が山積する中での船出だった。農業再生にかける意気込みを聞いた。
──震災復興にどのように取り組んでいますか。
JAグループは、政府の号令を待ってはいられないということで、震災直後から被災地支援を開始しました。例えば私の郷里のJA全農にいがたは、ライフラインの多くが寸断される中、地の利を生かして被災地に100トンの県産米を供出。他府県のJAも次々に食料や飲料、生活物資などの物的支援や募金活動に動きました。私自身、故郷の新潟で大地震を経験し、年によっては豪雪被害にもあいましたが、そのたびに全国のJAグループが機動力をもって動いてくれ、支えられた経験を持ちます。横の連携が強い協同組合だからこそ迅速な対応ができるのです。震災復興は今なお最優先課題であり、田畑のガレキ撤去や復旧、水路の復旧、育苗施設やJA関連施設などの泥出しや補修など、幅広い人的支援も続けています。
──福島原発事故による風評被害が懸念されています。
風評被害については、私たちがいくら「安全です」と訴えても消費者の不安を完全に払拭(ふっしょく)するのは容易でなく、とにかく国が責任をもって対応していかなければならない問題です。「暫定規制値」などという不安を残す基準を出したり、自治体や民間流通業者の自主検査に任せるのではなく、全国一律の適正な検査手順を示すべきです。JA全中としても、政府へのその旨を訴え続けています。
──環太平洋連携協定(TPP)参加問題が議論の的になっています。
TPPの原則は関税撤廃ですが、関税は、格差是正のための正当な権利です。それゼロにしてしまえば、日本の農業は立ち行かなくなります。すでに関税ゼロ化が完了している林業分野では、95%あった木材自給率が20%台に落ち込み、林業を支えていた地域の集落や人口は減少し、山は放置され、森林生態系に大変なダメージを与える結果となりました。もし農業が同じ状況に置かれれば、全国に460万ヘクタールある農地の多くが耕作放棄地となり、景観も生態系も破壊されてしまうでしょう。JAグループは、39%の食料自給率を50%にしていこうと努力しています。関税撤廃となった場合、自給率は13%まで落ち込むと予想され、残りは輸入品に頼ることになってしまいます。国民の命をつなぐ食料は自国でまかなうべきです。
──農家の高齢化や担い手不足が深刻な問題となっています。
専業農家では安定経営が難しく、農外収入を当て込んでようやく成り立つ兼業農家が多い現状では、担い手不足は進む一方です。こうした中、農業者戸別所得補償制度の実施が一昨年に始まりました。直接支払いによる農業保護政策は、EU諸国や米国ですでに実施されており、フランスでは農家収入の80%、スイス山岳部では100%、アメリカの穀物農家は50%前後が政府からの補助金です。OECD(経済協力開発機構)は、2025年には世界を深刻な食料難が襲うと予想していますが、万一そうなった場合、食料輸出を渋る国も出てくるはずで、ともかく国内の農家を支えて食料自給率を上げなければならないと思っています。
国の支援に頼るばかりでなく、グループでさまざまな自助努力もしています。農業の未来を支える新しい担い手育成事業、地産地消と地域の人々の交流を促す「ファーマーズ・マーケット」、子どもたちを対象とした食農教育や農業体験プログラム、棚田などの景観保全活動、農地の集約化や集落営農の推進などを通じ、農業の活性化に努めています。
──大組織をまとめるうえで心がけていることは。
JAグループは合議体組織で、私自身、トップダウンで物事を動かすようなガラではありません。組合員の話をよく聞き、多くの人たちの賛同を力に一歩ずつ前進していくということですね。
──愛読書は。
新渡戸稲造の『武士道』です。日本の社会で道徳観というものが失われつつあるのではないかと、親となった自分の反省も含めて感じ始め、手に取りました。ベルギーの法学者の友人に「日本には宗教教育がないのか。ではどうやって子孫に道徳教育を授けるのか」と問われた著者が、宗教の戒律にあたるものが武士道であることに思い至ってまとめた本で、中国思想や西洋思想と照らし合わせて日本の道徳観が語られているところに興味を引かれました。現代生活の指針にもなる名著だと思います。
全国農業協同組合中央会 会長
1945年新潟県生まれ。68年東京農業大学農学部卒。98年JA五泉よつば代表理事組合長。03年同代表理事会長。同年JA新潟中央会・連合会・県本部副会長。07年JA新潟みらい代表理事会長。08年JA新潟中央会・連合会・県本部会長。11年8月から現職。
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