ソフトウエアとサービスの両面で技術革新をリードする

 「人と組織を動かすために必要なのは、現場力、戦略力、そして過去の常識にとらわれずに変革をドライブする変人力」。日本ヒューレット・パッカード、ダイエーなどで改革を断行し、現在はマイクロソフトで従来のライセンス提供型のソフトウエアと、ネットワークを活用したクラウド型のサービスとの連携を見据える樋口泰行さんは、「企業も社会も、これまでの自らを否定してでもレガシー(旧来の遺産)を超えた変化が求められている」と語る。

マイクロソフト 代表執行役 社長 樋口泰行氏 樋口泰行氏

――ご自身が「苦闘」と振り返られているダイエー時代の経験は、経営者としての現在の仕事のやり方に影響を与えていると思いますか。

 マイクロソフトという会社は、CEOのスティーブ・バルマーが率先して働くことでハードワークの文化が根付いていますし、技術革新で世の中をダイナミックに変えようという社員それぞれの思いが企業の求心力となっています。今はダイエー時代のように「とにかくしんどい」ということはないですが、ソフトウエアをはじめとする我々のビジネスは、ハードウエアやデバイスがなければ成り立たず、パートナー様の声や製品を使っていただけるお客様のニーズに常に耳を傾けなくてはいけません。実際の現場に入っていくことの大切さと、たとえ成功したとしても現状に慢心せず、大きなビジョンを示しながら自らを変えていく精神を持つことは、どんな業種であっても基本的には同じだと思います。

――2009年後半からPC向けの基幹商品「Windows7」をはじめとする新製品の発売が続きますが、一方で今年1月にはマイクロソフトのクラウドコンピューティングの基盤OSとなる「Windows Azure」の商用サービスがスタートしました。

 マイクロソフトは、毎年R&Dに1兆円近い投資を続けている会社です。ソフトウエアの技術革新が我々の事業の核という意味では、クラウドコンピューティングも、昔から研究開発し続けているナチュラルなユーザーインターフェースも重要です。特にいま話題となっているクラウドコンピューティングに関しては、情報システムのリソースを企業が共有し、ダイナミックに要求を割り付けることができることで、コストが下がり、環境にもやさしいなど、さまざまなメリットがあると思います。企業の競争力の源泉となるITは従来のように自社内に保持し、外出しできるコモディティーのITは自社の人材や資産に負担をかけずネットワークを活用するといった形で切り分けることで、より効率的な経営が可能となり、我々もその両面で企業の経営環境に応じたサポートができると思っています。ただしお客様にとって利便性の高いサービスを提供するにはネットワークの規模が重要になると思いますから、特にコモディティーの分野では競争は激化していくでしょう。

――ご自身の著書『変人力』によれば、経営判断が書物に影響されるのを避けるために、経営のノウハウ書のたぐいは読まれないそうですね。愛読書は何かありますか。

 ハーバード大学の経営大学院で学んでいた頃はひたすらテキストと向き合い、それがその後の自分に生かされているとは思いますが、いわゆる趣味としての読書は実は苦手なのです。もっと読まなくてはとは思いますが、昔から仕事に100%没頭しないと時間の無駄のように思えてしまう性格なもので。ところがダイエーの社長を退任した頃の自分は、「そもそも人の幸せとは何か」ということを考えるようになって、ちょうど当時出合った『HAPPIER』(タル・ベン・シャハー著、 坂本貢一訳)という本は、心をすっとさせる効果がありました。

 本書では幸せの追求の方法として「現在の利益」と「未来の利益」という概念を使っています。一方は将来の幸せをつかむために、今はいろいろ我慢してもがんばるというもの。もう一方は目の前の喜びを求めるというものです。私の生き方は前者のタイプでしたが、大事なのはバランスだとこの本の著者は説いています。未来に向けてがんばる今のプロセスに幸せがあることで人は人生に「喜び」を見いだし、未来の幸せに向かって懸命に行動することで人生に「意義」が生まれる。その二つが持続的な幸福感につながるという本書の考え方は、当時の自分の気持ちにフィットするものでした。

文/松身 茂 撮影/星野 章

樋口 泰行(ひぐち・やすゆき)

マイクロソフト 代表執行役 社長

1957年兵庫県生まれ。80年大阪大学工学部電子工学科卒業。同年松下電器産業(現パナソニック)入社。91年ハーバード大学経営大学院(MBA)卒業。92年ボストンコンサルティンググループ入社。94年アップルコンピュータ入社。97年コンパックコンピュータ入社。2002年日本ヒューレット・パッカード(日本HP) との合併に伴い、日本HP執行役員インダストリースタンダードサーバ統括本部長。03年同社代表取締役社長。05年産業再生機構の支援で再建中のダイエー代表取締役社長。07 年3月マイクロソフト代表執行役兼COO。08年同社代表執行役社長兼米国本社コーポレートバイスプレジデントに就任。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、樋口泰行さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.12(2010年2月18日付朝刊 東京本社版)