知のリーダーを送り出すことが、京大の使命

 110余年の伝統を誇る京都大学の歴史の中で、学部長・研究科長の出身ではなく、研究所長出身の総長は初だという。ノーベル賞の前哨戦として名高いラスカー賞に昨年輝いた山中伸弥教授らの「iPS細胞研究」の将来性に早くから着目し、研究担当理事として拠点づくりを推進するなど、戦略家としての手腕には世評も高い。京都大学第25代総長、松本紘さんは、「リーダーを育てることこそ大学の仕事」と語る。

松本 紘氏

――京大入学当時はエンジニア志向で、研究者として大学に残るつもりはなかったそうですね。

 学生時代の夢は、コンピューター会社などでエンジニアを経験して、その後、企業のマネジメントをすることでした。人をどう使うか、いつどのような投資をすべきかに関心があることは、今も変わりません。ただ企業とは異なり、大学の目的は社会における知的クラスターの使命を果たすことです。

 特に京大の場合は、知を身につけたリーダーを社会に送り出すことが役割で、それは入学案内の説明会などでもあえて明言しています。どこの大学も「いい研究者がほしい」とは言いますが、エリートやリーダーという言葉はあまり使いません。しかし社会のあらゆる合目的の集団において、リーダーは必要です。組織に責任を負う人は何をしても非難されるものですが、それに耐えられる基盤を持つ人を育てることが我々の役割だと思います。

――昨年は2月にロンドンに産官学連携のための欧州事務所を開設し、9月には東京オフィスを開設するなど、知の交流の拠点を国内外に新たに構えました。

 欧米では、大学と産業界のつながりが非常に強く、日本がそれを追い始めたのはここ数年のことです。そこで京大では、“IとU”つまり、Industry・Universityをセットにしてお互いフレンドシップを持ちましょうという活動を始めました。現地の人材も整い、今年からはイギリスの大学、そしてその背後にいる先生や企業との連携を本格的に推進していきます。

 東京オフィスでは東京エリアだけでなく、首都圏に集まる外国企業のヘッドクオーターや大使館などに優れた研究成果を発信し、国際的に京大の存在感を高めたいと考えています。東京オフィスを拠点として、個々に進んでいる研究者の国際交流を組織化し、持続性をもたせることもできると思います。また、最近の学生たちは海外に出て学ぼうという意欲が低く、この点についても何らかの手をうちたいと思っています。

――愛読書を教えてください。

今でも大切に保存されているお母さんの手書きによる絵本 今でも大切に保存されているお母さんの手書きによる絵本

 父親は本の虫でしたが、私は走り回って騒いでいる方が好きないたずら坊主でした。しかし、そんな私や兄弟のために母親は友人の家で借りてきた絵本を書き写して、読み聞かせてくれました。母の手作りの絵本は、今も大切にとってあります。

 4年生の時、私は電子工学から宇宙へと研究テーマを変えました。大学の宇宙研究は科学探査的なテーマが多く、それも面白かったのですが、根が工学志向ですから、「なぜこんなことを」という思いも募るようになりました。そんな時に出会ったのが『宇宙移民計画』(A.T.ウルベコフ・著 木下高一郎・訳)という本です。本書では人口が増大した人類の生活環境としての宇宙や、太陽系の資源利用など、宇宙開発の実用的な意義がさまざまな見地から述べられていて、私の「宇宙太陽発電所」の構想につながるもののひとつになりました。

 学生時代は専攻の理系の教科書だけでなく、哲学書や心理学の本などもよく読みました。今の若い人たちも自分の研究分野の中だけに閉じこもらず、幅広い教養を身につけることが、結果的に人間としての幅にもつながると思います。

文/松身 茂 撮影/長尾 純之助

松本 紘(まつもと・ひろし)

京都大学 総長

1942年生まれ。学位:京都大学工学博士。1965年3月、京都大学工学部電子工学科卒業。67年3月、京都大学大学院工学研究科修士課程修了、同年4月に京都大学工学部助手に。74年4月、同助教授。1975年9月、NASAエームズ研究所客員研究員。80年7月、スタンフォード大学客員研究員。1981年4月、京都大学超高層電波研究センター助教授、その後、同センター教授を経て、2002年4月に宙空電波科学研究センター長に就任。04年4月、京都大学生存圏研究所長、教授、京都大学教育研究評議員。05年10月、京都大学 理事・副学長。08年10月、京都大学総長。

※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、松本紘さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.11(2010年1月14日付朝刊 東京本社版)