第2次大戦末期、米軍の本土上陸を阻止すべく出航した潜水艦イ-77の壮絶な戦いを描いた映画『真夏のオリオン』が話題を呼んでいる。戦後世代のプロデューサー、小滝祥平氏は、「厳しい時代を自分の信念と共に向き合った人々の姿を描くことで、若い世代に戦争を自分のこととして受け止めてもらえる橋渡し役になりたかった」と語る。
――本作は、潜水艦と駆逐艦の一騎打ちというエンターテインメント性をもちながら、命を賭した戦いの中でも「生きること」の希望を捨てなかった男たちの姿が印象的です。
映画の中で、ともすると日本軍は型にはまった人物像に描かれがちです。しかし実際の戦場には、上層部に逆らいながら家族や国の未来を思い、最後まで部下の命を守ろうとした軍人もいました。例えば各地を歴戦しながら生還を遂げた「伊58潜」の橋本以行艦長や、400余人の英国兵を救助して、イギリスでは教科書でも紹介されている駆逐艦「雷」の工藤俊作艦長です。戦争が悪いことなのは決まっていますが、言葉やイデオロギーでそれを語るだけで、若い世代に届くのか。大きな歴史の渦に巻き込まれた男たちの必死な姿の中に、今の僕らが学べることがあるのではないかと思いました。
――様々な出資者の意向を調整しながら、ご自身の夢をかけて作品を作り上げるには大変なリーダーシップが必要と思いますが。
映画プロデューサーは潜水艦の艦長でも、ましてや連合艦隊の司令長官でもありません。少なくとも自分の場合は、雑役係。ただ、この映画は面白いという思いは、誰よりも強くもっていなければ、人は力を貸してくれません。また現場で僕が一番意識しているのは、事故が起きないように準備することです。
子供の頃から旅や冒険にあこがれていた私は、第1次南極観測隊の越冬隊長を務めた西堀栄三郎氏の「必ずやると先に決めてから、そのためにどうすればリスクを減らせるかを考える」という考え方に惹(ひ)かれました。物事の準備に完璧(かんぺき)はなく、必ずリスクがあります。それを承知なら、不測の事態もあわてず、臨機応変に対処できることを学びました。おかげで今まで大きなトラブルもなく、恵まれた現場だったと思っています。
――愛読書を紹介してください。
藤沢周平さんの『海坂藩大全』です。よく「すべての物語の主人公がシェークスピアにある」といわれますが、内容の多彩さと奥深さでは負けていないと僕は勝手に思っています。主人公たちは必ず間違いをおかすのですが、その行動はいとしくて愚かしくて、そして潔い。おおげさのない横丁の武士道といいますか、背筋を伸ばして自分の運命は静かに受け入れている姿にほれぼれしてしまいます。僭越(せんえつ)ながら、武士という型にはめず、一人一人を血の通った人間として描く藤沢さんの姿勢を、自分も見習おうと思っています。
文/松身 茂 撮影/星野 章
映画『真夏のオリオン』プロデューサー
1957年、北海道生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業後、ポニーキャニオンを経て、1989年、映画制作会社・株式会社デスティニーを設立。『ホワイトアウト』(2000)、『亡国のイージス』(2005)、『地下鉄に乗って』(2006)、『ミッドナイトイーグル』(2007)などの大作映画を世に送り出す一方で、『はつ恋』(2000)、『ココニイルコト』(2001)、『深呼吸の必要』(2004)、『幸福な食卓』(2007)、『青い鳥』(2008)など、日常を切り取ったささやかなテーマの作品を多数制作。
※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、小滝祥平さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)