小麦価格は自由化の一歩手前 新しい時代を認識し前進する

 パン、パスタ、菓子類。昨年10月に続き今年4月にも実施となる輸入小麦の政府売渡価格の引き上げは、私たちにポスト・デフレ時代の到来を実感させ、小麦という食糧をめぐり激動する世界との対峙(たいじ)を余儀なくさせている。小麦の国内消費量の大部分を輸入に頼る日本。このあまりに身近な「世界の主食」を、私たちは意外と知らない。日本製粉の青崎済社長にうかがった。

日本製粉 代表取締役社長青崎 済さん 青崎 済氏

── 青崎社長は、仕入れと製品製造の現場経験に長(た)けたリーダーでいらっしゃいますね。

 工場勤務は4回ありますし、「業務屋」も長くやりました。業務屋とは製粉業界の用語で、他の業界の資材購買部のような部署です。

 ただし、「原料を自分の目で峻別(しゅんべつ)し、よいものを安く買う努力をする」という、普通ならば最大のミッションが、小麦の世界にはありません。というのは、小麦というのはすべて政府が一括して買い上げ、それをメーカーが一定価格で買い取るからです。これは農業事情が不安定だった太平洋戦争の中で生まれた、食糧管理法の流れを受け継ぐ日本の根幹的な食糧政策からきています。

── 小麦価格の上昇には、新興国需要や、バイオエタノールの原料となるトウモロコシへの生産の傾倒など、今日的な構造があります。

 市場要因が反映されて政府売渡価格が当たり前のように上下することが、実は大転換なのです。これまで小麦の価格は年一回の国内の需要予測の下に決まっていましたが、昨年、政府の調達価格に連動する方式に改正されました。これは自由化の一歩手前と言えるでしょう。

 日本人一人あたりの小麦の年間消費量は、昭和40年代前半から今日まで、ほとんど変わっていません。ただし、食の西洋化とともに、パスタやケーキなどに適した、海外の小麦の需要が年々高まっており、国産小麦と輸入小麦の消費量の比率は1対9まで開きました。

 従来、政府はそのような大量の海外の小麦を1トン3万円で買い付け、製粉会社には5万円で売っていました。2万円の差益分は国内小麦生産者の生産振興に充てます。しかし他国が3万円で買える小麦を、日本の製粉会社は5万円で買うとなれば、日本の競争力は損なわれます。また農業国からは、「パンや小麦は、我が国にとって日本の自動車のようなもの。なぜ自由に売れないのか」という声も高まりました。制度がグローバル経済に適応しつつある中、新しい時代に踏み出したことをしっかり認識する必要があります。

──食糧事情の今後についてのお考えは。

 地球上の人口は今後も増大し、今の先進国と同等の食生活を求める国々も増えます。EUや中国は輸出関税を引き上げ、食糧の囲い込み政策を本格化しました。また、作付面積の拡大に限界が見えてきた今、品種改良等で生産効率を高める動きも加速しています。

 食の未来を見据えて国際社会が動き出している中で、日本は何をすべきかが問われています。「高くても、お金を出せば買えるんだ」と思っていたら、それは大きな間違いだったと気づく時が来るかもしれません。

──厳しさが増す中で、企業としての戦略は。

 今の混沌(こんとん)とした状況の中から、新しい秩序が生まれてくるでしょう。いずれ業界再編が起こると思われますし、その時に有利な立場にいるためには、今が戦う時です。我が社のシェアはまだ20数%。新しい市場を開拓する技術力と開発力、お客様にアピールする人間性には十分に満ちています。

 何にも遠慮せず、スピードをもって前に進みますが、そのために、安全な原料で質の高い製品を提供する日本製粉の基本をおろそかにしてはいけません。「自分のミッションを見つめよう」と、いつも社員には語りかけています。

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 工場や事業所の視察では、まず作業着に着替える。「同じ目線で話せば、心が通じますから」。青春時代はオートバイに夢中。人生の喜びと苦悩を短歌に託す詩人の一面も。「何十年前の自作を読み返すと、当時の喜怒哀楽がタイムマシンで戻ったように呼び起こされます」。64歳。

略歴
1968年4月
日本製粉 入社
1998年1月
小山工場長
2000年10月
千葉工場長
2001年6月
取締役千葉工場長
2002年3月
取締役経営企画部長
2002年3月
取締役兼執行役員経営企画部長
2002年6月
取締役兼執行役員製粉業務部長
2004年6月
常務取締役兼常務執行役員製粉業務部長
2005年4月
常務取締役兼常務執行役員業務本部長兼製粉事業本部長
2005年6月
常務取締役兼常務執行役員製粉事業本部長
2006年6月
代表取締役社長兼COO兼社長執行役員

撮影/星野 章
(『広告月報』2008年04月号)