お客様にファクトを伝えることが 対話と相互理解の起点

 昨年12月22日に中央環状線の新宿~池袋間が開通した首都高速道路(以下「首都高」)。2万5千人が参加したトンネルウオークや新車イベントへの会場提供など、市民や企業を巻き込んだPR活動は、2005年10月に民営化された首都高の変貌(へんぼう)を印象づけた。昨年、首都高は距離別料金制への移行という提案を社会に投げかけたが、長谷川康司会長は「なぜ必要か、客観的情報に基づいた説明が重要だ」と語る。

長谷川康司さん 長谷川康司氏

――民間(トヨタ)から首都高に移られて約2年、これまでをどうご覧になっていますか。

 民間会社の基本はお客様第一であることですが、私が会長に就いた時、その意識はすでに社内で高まっていました。私にとっては企業理念を実践するために、社員の自発的なアイデアや、できることは何でもやろうという積極性を後押しするための2年間だったと思います。首都高にとって、お客様こそが市場。どんな要望や不満をお持ちかを知るには、今後も私たちが街に出るしかありません。

――ご就任以来、利用者からの意見募集や参加型イベントを通じた情報発信に意欲的です。

 情報というのは、よいか悪いか両極端になりがちです。私たちはお客様自身が考えるためのファクトを伝える努力をしています。例えば「日本の道路料金は欧米に比べて高い」というご指摘がありますが、それは建設コストという視点を欠いていると私には思えます。

 「今は山中 今は浜/今は鉄橋わたるぞと」という唱歌をご存じでしょう。思う間もなくトンネルで、ようやく広野原。これが日本の国土で、高速道路がほとんど平坦(へいたん)な土地にある欧米との大きな違いです。首都高は95%が構造物ですが、高架道路の建設コストは平坦地の場合の約7倍。同じ条件で比較すべきだと思います。

――平成21年度に渋谷まで、平成25年度には品川までの全線開通が予定されている中央環状線の意義についてご説明ください。

 今の首都高の問題点は、放射道路から都内に出入りする車が都心に集中することです。都心環状線を通行する車の実に6割は通過を目的としています。昨年12月の中央環状線山手トンネルの開通で、首都高の渋滞は大幅に削減されました。首都高が流れれば、ストップアンドゴーを繰り返す街路の車も上がってきて、排出ガスの量が抑制できるのです。

 警察の資料によると、2002年に開通した王子線で、開通後、山手通りの内側の生活道路で事故が3割減ったとのことです。生活道路というのは、お年寄りやお子さんが使われる道です。つまり中央環状線は首都高の渋滞緩和だけでなく、東京の環境問題や生活地域の安全にも貢献できる。このように数字を挙げてていねいに説明すれば、中央環状線の必要性がご理解いただけると思います。

――運用面では来年度中の導入を目指している距離別料金制度に関心が高まっています。

 これまで首都高が一律料金だった理由は、建物の密集した都心に出口料金所が物理的に作れなかったことと、開業当初は全体の営業距離が短かったという2点でした。しかしエリアが拡大し、「長距離でも短距離でも一律料金では不公平」という声があがっています。またETCという仮想出口の普及で、インフラ面でも制度を導入しやすい環境が整いました。

 距離別料金制度の導入は、民営化が議論された過程で決められていたことです。しかし、お客様にはさまざまな意見があるでしょうし、ETC非搭載車の補完システムについても対応策を用意しなくてはいけません。最終案は今春までにまとめる予定ですが、お客様から寄せられた意見を反映させると共に、今後も真摯(しんし)に対話を深めたいと思います。

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 トップの顔が見える開かれた組織を目指し、若者向けのイベントにも積極的に参加する長谷川会長。「自分のビジネス信条の根底にあるのは、トヨタ時代からの現地現物主義。相手の顔を見て売り込むのが好きなのです」と笑う。趣味は読書と音楽鑑賞、そしてゴルフ。「いたって平凡で」と謙遜(けんそん)されるが、その幅広さも旺盛な好奇心のゆえんか。68歳。

略歴
1964年4月
トヨタ自動車販売 入社
1989年7月
トヨタ自動車 アジア部部長
1995年6月
同社 取締役
1999年6月
同社 常務取締役
2001年6月
同社 専務取締役
2002年6月
トヨフジ海運 取締役社長
2005年10月
首都高速道路 代表取締役会長(最高経営責任者)

撮影/星野章
(『広告月報』2008年01月号)