ワインを楽しむさまざまなシチュエーションのイラストと100本のワインボトルの写真を組み合わせたグラフィックが話題となった、ボルドーワイン委員会「バリューボルドー2010」の広告。イラストレーションを手がけたミツミマリさんに、そのコンセプトや技法をはじめ、クリエーティブな仕事を目指したきっかけ、これからの夢などを聞いた。
――ミツミさんの作品は、顔と体のバランスが独特な人物画が印象的です。いつごろから描いているのですか?
「1999年ごろからです。顔の大きいアンバランスな体形は、夢がきっかけで生まれました。目が覚めた後、ぼんやり頭にイメージが残っていたので描いてみたら、面白かったんです。それをブラッシュアップしながら今に至ります」
――それまでは、違うタッチだったのですか?
「イラストレーターになりたての頃は、今とは違うタッチでも描いていました。けれども、あるとき『このままではイラストレーターとして生き残っていけない』と危機感を持ちはじめたんです。そこから、本気で自分らしい絵を描いていこうと決心しました」
――本当に描きたい絵を発表して、それを仕事に結びつけることは決して簡単なことではないと思います。どうやって現在のタッチへと移行させていったのでしょうか?
「オリジナルの作品で個展を開催したり、ホームページを開設したり、少しずつ世の中に発信するうち、徐々に仕事として依頼されるようになってきました。作品を発表することは、とても勇気がいりました。最初は恥ずかしかったですよ。裸を見せるより恥ずかしいかも(笑)。自分の内面が全部出ますからね。今も個展を開催するたび、緊張します」
――銅版画のような擦れた質感は、どのような技法で描かれているのですか?
「シャープペンで下書きした後、カーボン紙を使ってキャンバスにトレースをします。カーボンは少しこすっただけでも色が汚れのように写るのですが、それも味として生かしています。最終的にはフォトショップでデジタル加工して納品しています。色付けに関しては、キャンバスにあらかじめアクリル絵の具で下地を付けておいたり、線画の版と色付けの版をフォトショップ上で合成したりすることも。この方法は、いろいろと試しているうちに思いついたアイデアです」
――現在、ミツミさんの仕事で多いものは?
「雑誌や書籍などの仕事が中心で、人物を描くことが多いです。媒体やストーリーに応じて、プロポーションのバランスなどは変えています。あまり頭が大きいとコミカルな雰囲気になってしまうので。技法については、どれも一緒です。汚し具合や色付けの方法などは、内容に応じて変えています」
見た人それぞれのとらえ方ができるイラストに
――4月19日に掲載されたボルドーワイン委員会の広告のイラストレーションも、ミツミさんの作品ですが、このときは、どのようなオーダーだったのですか?
「ボルドーワインを気軽に楽しむキャンペーンということで、みんなで楽しくワインを飲んでいるシーンを描いてほしいと依頼がありました。このときは、あまり時間がなかったので、あらかじめ打ち合わせでシーンを決めてもらって描きました。たとえば、大人数でテーブルを囲むとか、カップルがソファでくつろいで飲んでいるとか、レストランで夫婦が食事しているとか、一人でお風呂でくつろいで飲むとか……」
――雑誌や書籍と新聞広告では描き方や気持ちの持ち方など、何か違いはありましたか?
「新聞広告は老若男女、様々な人が目にするものですよね。だから、どの世代の人たちにも楽しんでもらえることを目指して描きました。私の得意とする外国風のエッセンスは残しつつ、日本人にも見えるように工夫しました。よく見ていただくとわかるのですが、こたつに入っていたり、おせちやカレーを食べていたり、日本的なシーンも織り交ぜているんですよ」
――なぜ、ミツミさんが描く人物は外国人風が多いのでしょう?
「たぶん、あこがれだと思います。年を重ねてしわも味になる、そんな外国人の雰囲気が好きなんですよね、きっと。実際、外国人の方に私の絵を見てもらうと、たしかに日本人ではないけど、フランス人でもアメリカ人でもない、国籍不明で独特だと言われます。ちなみに、女性の絵より、男性のほうが圧倒的に多いんですよ。依頼があれば女性も描きますが、特にオーダーがなければ男性を描きます。理由は、私にもわからないんですけどね。気づいたら、そうだったんです」
――特にオリジナルの作品は、遠くを見つめているような切ない表情が気になります。
「あいまいな表情が好きなんです。そのほうが、見る人がいろいろなとらえ方ができると思うから。中途半端な表情にすることで、瞬間ではなく継続していく時間も感じられるような気がするんです。私の想(おも)いを主張するより、絵を見てくださる人の考えやそのときの状況に合わせて何かを感じ取ってもらえたらいいなと思っています」
――描き始めるときには、だいたいのイメージは固まっているんですか?
「ざっくりとした方向性は決めているけど、完成の絵は全然見えていない状態で描き始めます。描き始めたら、手に任せていくんです。すると完成したとき、自分でハッと驚いたり、『へぇ、こうきたか』なんて思ったり(笑)。自分でも不思議です」
――そもそも、ミツミさんがイラストレーターになったきっかけは?
「高校生の頃、美術系に進学するかどうか迷ったのですが、結局普通の短大に進学しました。でも、その後『やっぱり美術に進めばよかった』と思い、働きながら夜間に絵のスクールに通いはじめました。そして編集プロダクションに編集者として就職し、担当したページの挿絵を自ら描いたりするようになったんです。それが絵を描く仕事の最初です。
フリーランスとして働き始めたのは、1997年ごろ。退職後、編集プロダクションで出会ったデザイナーやライターから仕事を紹介していただき、フリーのイラストレーターとして活動するようになりました。特に有名なイラストレーターのアシスタントとして修行をしたことも、自ら営業をしたこともなかったんです。公募展に出品して入選したこともなく、本当に成り行きで……。イラストレーターになるという想いは強かったけど、積極的に自ら行動したわけではありませんでした」
――イラストレーターになりたくても、なれない人はたくさんいると思います。では、最後にこれから目指す方へ、メッセージをお願いいたします。
「私からお伝えできるのは、継続が大切だということかなと思います。私はイラストレーションにかかわることなら、どんなに辛くてもがんばれる自信はあります。イラストレーションの仕事は天職だと思っているんですよ。どんなに長く机に向かっていても平気で、気づいたら10時間くらい絵を描き続けていたこともあるくらい(笑)」
ミツミマリさんの作品の一例
◆7月7日~8月4日、ミツミマリさんの作品展「ピナンブラ」が、東京・谷中の「COUZT CAFE(コーツトカフェ)」で開かれる。同店は、「an・an」「クロワッサン」などで活躍中のイラストレーター、楠伸生さんがトータルプロデュースしたコンセプトカフェ。
神奈川県横浜市出身。東洋英和女学院短期大学、セツ・モードセミナー卒業。メーカー、 編集プロダクション勤務を経て、フリーランスに。書籍、雑誌、広告等で活動。アクリルガッシュなどを用いたアナログな手法をPhotoshopによりデジタル化。線と色のバランスを意識した質感のある作品づくりを心がけている。展示多数。2010年 アメリカNY Society of Illustrators、American Illustration、3x3 年鑑入選。日本図書設計家協会(SPA)会員。
ミツミマリさんHP http://home.att.ne.jp/green/mari-m/
※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、ミツミマリさんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)