日本中のお父さんへ──。心のメッセージを届ける

 バカラのブランド広告や父の日のギフト「パパ タンブラー」の広告、J−POPミュージシャン「たむらぱん」のCDジャケット及びプロデュースグッズ全般などを手がけるパラドックス・クリエイティブのアートディレクター本村耕平氏。広告制作のプロセスや、クリエーティブに対する考え方について聞いた。

──昨年バカラの企業広告を初めて手がけられ、反響を呼びました。今年の「パパ タンブラー」の広告も、味わい深いコピー、端正なデザインが印象的です。デザイン的に留意したことは?

本村耕平氏 本村耕平氏

 プロダクトそのものがデザインですし、下手をすると歴史や世界観を台無しにしてしまうこわさがありました。ただ、製品が美しいのは、それを目的にしているからではなく、使う人、贈る人、贈られた人、それぞれの気持ちに職人たちが真摯(しんし)に寄り添い、一つひとつ思いを込めて作っている、だから美しい……。小川社長の話を聞き、それがよくわかったので、僕も美しいデザインにしよう、ではなく、お父さんへの「ありがとう」の気持ち、受け取って「がんばろう」という気持ち、何年たっても贈られた思い出の品を慈しむ気持ち、そうした人の心の美しさを伝えられるビジュアルをつくることを目指しました。デザイナーというより、メッセンジャーとして何ができるかを真剣に考えましたね。

──紙面の中心にレイアウトした、同寸サイズのタンブラーが美しかったです。

2009年6月12日朝刊 2009年6月12日朝刊

 カメラマンには、お父さんのポートレートを撮るつもりでプロダクトを撮ってください、とお願いしました。父親のあり方とはどういうものなのか、じっくり話し合いもしました。見えてきたのは、ありのまま、存在する、ということ。家庭で主導権を握っているのはとかく母親で、子どもたちも動き回る母親の姿を追うけれど、家族の安定の中心は、やはり父親である。そんなイメージから生まれたレイアウトです。インパクトで押し付けるのではなく、プロダクトが持つオーセンティックな雰囲気を大事にしました。

 ちょっと話は脱線しますが、バカラのオリエンテーションを受けた2日後に、プライベートで日光東照宮を訪れ、見た瞬間「お父さんっぽい」と思ったんです。シンメトリーに構成された造りにとても安定感を感じ、節目にお参りして心を正す神社やお寺という場所自体、父親っぽいなと。さらに、宿泊した日光の老舗(しにせ)ホテルで、100年くらい前にホテルで使われていたバカラのタンブラーやフィンガーボールが飾られているのを見つけたことで、仕事の責任の重さを改めて実感しました。父親の存在感、バカラの歴史、長くバカラの品を愛し続けている人々……。自分が「伝えたい」と思っていたことと重なることが多くて、感慨深かったです。

埋もれているものを発見できるような仕事を

──広告の反響はいかがでしたか?

 たくさんの方に見ていただくことができました。新聞の読者は、情報を知りたいという動機が大きく、文字を読んで咀嚼(そしゃく)する時間が長い。だから言葉が深く届いたのだと思います。

2008年8月30日付朝刊 バカラ企業広告 2008年8月30日朝刊
バカラ企業広告
たむらぱん 「ノウニウノウン」CDジャケット たむらぱん
「ノウニウノウン」CDジャケット

──その他、どのような広告を手がけていますか?

 J−POPアーティスト、「たむらぱん」のCDジャケットを始め、店頭ポスター、雑誌広告他、プロモーショングッズ全般を手がけています。バカラの広告は、歴史にほれ込み、知れば知るほど世界観を壊してはならないというこわさがありましたが、対象が人となると、もっと直接的に印象を決定づけてしまう可能性があるので、大きな緊張感がともないます。でも、これはたむらぱんの仕事に限ったことではありませんが、僕のような若い人間に託してくれることにまず感謝し、クライアントが、当事者であるがゆえに見えないことを発見し、誠実に言える立場であり続けたいですね。

──これからどんな仕事を手がけていきたいですか?

 企業、サービス、情報、商品、人……。どんな対象でもいいので、新しい発見のある仕事をしたいです。そして、埋もれているキラリと光るものを引っ張り出せたらいいなと。そもそも僕は、おいしいものを食べた時、すてきな曲を聴いた時、みんなに知らせて共有したいタイプなんですよ。広告の仕事はその延長線上にある気がしています。

本村耕平(もとむら・こうへい)

1977年大阪生まれ。オレゴン州立CHEMEKETA COLLEGE VISUAL COMMUNICATION & DESIGN 学部卒業。株式会社パブロプロダクション、株式会社プラグを経て2007年よりパラドックス・クリエティブに所属。最近の主な仕事に、バカラ企業広告、たむらぱんCDジャケット等がある。毎日広告デザイン賞、BtoB広告賞を受賞。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、本村耕平さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.4(2009年8月24日付夕刊 東京本社版)