顧客をじっくり育てるマーケティング(前編)

 広告・マーケティング業界にクロスメディアという言葉はすっかり定着した。しかしこの概念は、情報発信する企業に正しく理解されたうえで、効果的なメッセージとして消費者に届けられているのだろうか。 メディアごとの特性を生かしたコミュニケーション戦略「オーガニック・コミュニケーション・ミックス」を提唱する慶應義塾大学大学院経営管理研究科ビジネススクール教授の井上哲浩氏は、「顧客を育てること」が、クロスメディアにおける今後のマーケティングコミュニケーション活動において最重要課題であると語る。

情報過多な消費者へ正しい理解のために

井上哲浩

──マーケティングコミュニケーション活動が今、直面する問題とは。

 従来のマス媒体に、インターネットや携帯電話などが加わって、発信される情報量が劇的に増加した現在、消費者サイドでは「情報の過負荷」が起きています。そのなかで、クロスメディアの概念はしばしば「従来の4マス媒体+ニューメディア」と認識されがちですが、マスメディア広告の「続きはウェブで」という誘導方法のように、マス媒体からウェブへ一方通行にしか移動できないマルチプル=複合的なメディアの使用法では、消費者が直面する情報過負荷への対応にはなりません。何よりもマーケティングの投資効率の点で、非常にもったいないと思います。
 また、企業の提供する製品やサービスに同質化が進んでおり、今や差別化は困難な状況です。同質化の中で、あえて差別化しようとすると、広告表現面や特性・機能面訴求において、「妙なエッジの利かせ方」をするなど、いわば小手先の差別化に終わるでしょう。そうすると、伝えたいことがよけいに伝わりにくくなります。
 加えて、情報過多で処理しきれない消費者に、過度の販促や値引きで、製品やサービスについて十分に理解されないまま購入させてしまっていることも気になります。

──そうした現在、企業がとるべきコミュニケーションとは。

 消費者および企業の双方が悪循環に陥っている今だからこそ、企業が消費者に伝えるべきことを的確に伝え、自社の製品・サービスの価値提案を顧客に正しく理解してもらう試みが大切です。
 「オーガニック・コミュニケーション・ミックス」とは、有機的に醸成させるコミュニケーションのあり方です。優れた農夫が土壌を肥やすように、顧客と知識をじっくりと育てていくことです。リーチが高いテレビは「種をまく」、社会性や信頼性のある新聞は「水をやる」、理解を促すインターネットは「耕す」、購入する店頭を「収穫の場」と位置づけるように、各メディアの持つ特性を的確にとらえて、有機的にメディアをクロスさせプランニングすることが、これからのマーケティングコミュニケーションに求められます。

「オーガニック・コミュニケーション・ミックス」の事例

カゴメ
カゴメ カゴメ かつて販促メーンだった戦略を転換した好事例。野菜というカゴメ独自の資産を見つめ直し、4つの色で便益をわかりやすく訴求。確実に顧客の知識を育てています。
サンスター 2005年 9/26 朝刊 サンスター 一貫して「歯周病」というテーマを訴え続けることで、歯周病=G・U・Mという刷り込みがなされています。時間をかけ、じっくり顧客の知識を育てている好事例。
井上哲浩(いのうえ・あきひろ)

関西学院大学商学部卒業。同大学院商学研究科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営学博士(Ph.D.)を経て、1995年関西学院大学商学部専任講師。同助教授を経て、2005年より同教授。2006年より現職。専攻は、マーケティング・マネジメント、マーケティング・サイエンス。主な著著に、『戦略的データマイニング──アスクルの事例で学ぶ』(共著、日経BP社)、『費用対効果が23%アップする刺さる広告──コミュニケーション最適化のマーケティング戦略』(共監訳、ダイヤモンド社)など。