ブランド資産保持に必要な顧客を育てる
──有機的なコミュニケーションは実践されているのでしょうか。
そうとは言い切れません。主要4マス媒体費が減少する昨今において、販促費はほぼ横ばいであることが如実に物語っています。過度な販促は小売りの店頭で価格を下落させ、消費者を購入へと導くわけですから、必然的に価格競争へとつながっていきます。しかも、低価格品が必ずしも売れるわけではなく、安くても悪いものは敬遠されます。そもそも価値が認められているから、つまりその製品やサービスに、それまで積み上げられたブランド資産があるからこそ売れるのです。
しかし、このブランド資産も過度の低価格路線によって浪費、消耗されます。ブランド資産がなくなると、ブランドの存在意義そのものが消失してしまいます。しかも、低価格で無理やり刈り取った顧客は、即時の売り上げにつながるかもしれませんが、次の購入の機会には離れていくでしょう。
マーケティングコミュニケーションでは、自社のブランド資産を保持するために、製品・サービスのバリュープロポジション(提案価値)を顧客に伝え続け、その知識を育てていくことが必要となります。そうして、知識を育て、理解を促すことが、ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)の最大化につながります。
──顧客の知識を育てるための有効な手法は。
コミュニケーションテーマに「社会性」を持たせることです。企業本位の、機能や技術革新面よりも、バリュープロポジションが社会性を帯びている方が、顧客には届きやすいのです。「この機能は社会的にこんな貢献をしている」「この商品・サービスは、社会的にこんな意味がある」といった具合です。社会性の高いテーマの方が顧客の知識は刺激され、育っていきます。
例えば、自社独自の資産を見つめ直し、便益をわかりやすく訴求した「カゴメ」や「京都銀行」、先人たちの残した住空間を紹介した「大和ハウス工業」、健康を脅かす歯周病菌を訴えた「サンスター」などは、どれもメッセージに社会性をうまく取り込んだコミュニケーションだと思います。
また、伝えるメディアに「社会性」があることもポイントです。テレビCMを例にとるとわかりやすいのですが、高い視聴率が期待できそうなバラエティー番組よりも、報道番組や環境問題などを扱ったコンテンツ内でメッセージを流す方が、メディアそのものがはるかに高い社会性を帯び、伝わり方も違ってきます。従来「マルチプルな考え」では、たくさんリーチすれば良いという考え方が主流だったのでしょうが、情報過多に陥っている現在の受け手は、処理する以前に情報をスルーしてしまうでしょう。今やリーチではなく、ターゲットに合った発信性という考えのもとで、顧客の知識が育つ可能性は広がります。
──クロスメディアにおけるキーとなるメディアのあり方とは。
インターネットがとかくもてはやされていますが、必ずしもキーメディアになるとは限りません。ターゲットのセグメントによって、また訴求すべきメッセージによって、キーとなるメディアが変わっていくのではないかと考えます。例えば、日用品など頻繁に買われるものなら、店頭がキーメディアになることが多いのでしょう。またある時は、リビングルームがキーメディアになることもあるでしょう。いずれの場合も核となるキーメディアに関心や話題が集まるようなメディアの使い方をすることが、一つのポイントではないでしょうか。
キーとなるメディアを正しく識別したうえで、伝えたいことをそこにいかに縮約させるか、顧客の知識をいかに活性化させるかというコミュニケーションが大切です。
新聞が刺激する「みんな性」とは
──新聞に期待される特性は。
前述のような価格競争に陥らないためには、「信頼」「安心」を訴求することも必要です。それを伝えるためには何よりも、メディアに信頼感や安心感がないと伝わりません。そういう意味でも、新聞は今後重要な役割を果たすメディアになるでしょう。先ほど、リビングルームも一つのメディアという話をしましたが、家族が集うリビングルームで広げられる新聞は、話題の宝庫である気がします。社会性のあるメディアを通じて訴求されたメッセージは頭に残りやすいですし、読んだ後、また読みながらでも家族の話題にすることができる。つまり情報や問題提起を多数で共有・認識でき、他者とのネットワークで便益を広げられる「みんな性」の高いメディアです。製品・サービスのバリュープロポジションもみんなで分かち合えます。「みんな性」を刺激されつつ話題にのぼったものには、顧客は高い関与を感じ、知識もより活性化されるのです。
──マーケティングコミュニケーションを活性化させる企業組織は、どうあるべきでしょうか。
マーケティングには、製品開発・コミュニケーション、CRMなどいろいろな機能があるので、それらのリターンやパフォーマンスを統括しきちんと測定、統制する部門を組織の中に確立することです。さらに言えば、測定のためには、財務・会計情報だけでなく、顧客の反応やその置かれたステージなどとリンクしあった新たな指標が必要であると感じます。
マーケティングコミュニケーション費が単にコストととらえられがちなのも気になります。ライフタイムバリューの増幅や、非価格での競争を可能にすることは、マーケティングコミュニケーションの持つ機能です。だからこそ、「コスト」ではなく「投資」として考えてほしいのです。
逆にいえば、こんな時代だからこそマーケティングに投資することは非常に意味があるはずで、いずれ返ってくるリターンは大きいでしょう。先を見すえる企業は、今こそマーケティング投資をすべきだと提案します。そのリターンを考える際には、短期視点ではブランド資産の消耗・浪費を招きます。ぜひ中期の投資として見てほしいですね。ブランドとは、そういったプロセスを経て育てられていくものなのですから。
「顧客を育てる」新聞広告の事例
大和ハウス工業
住生活における先人の知恵を、大和ハウスの理念とリンクさせて紹介しています。社会性のあるテーマを、的確なメディア選択で訴求しています。
京都銀行
一人ひとりの顧客とのお付き合いを大切にしてきたことが京都銀行の資産。「ながーい、おつきあい。」という言葉で、社会性のあるテーマを新聞展開することで、効果も増幅します。
関西学院大学商学部卒業。同大学院商学研究科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営学博士(Ph.D.)を経て、1995年関西学院大学商学部専任講師。同助教授を経て、2005年より同教授。2006年より現職。専攻は、マーケティング・マネジメント、マーケティング・サイエンス。主な著著に、『戦略的データマイニング──アスクルの事例で学ぶ』(共著、日経BP社)、『費用対効果が23%アップする刺さる広告──コミュニケーション最適化のマーケティング戦略』(共監訳、ダイヤモンド社)など。