周年は企業にとってのライフイベント 経営戦略の見直しから有効なアウトプットを

 周年事業を収益拡大やリブランディングの機会ととらえる企業が増えている。周年事業の意義、目的は何か。周年事業展開のための企業の広報・コミュニケーション戦略はどうあるべきか。企業のコンサルティングを手掛けている大和総研の林正浩氏に聞いた。

社長直下でプロジェクトをつくり、各部署からメンバーを集める

──企業は周年を機に何をやるべきだとお考えですか?

林正浩氏 林 正浩氏

 周年事業と言えば、社史の編さんや周年記念セール、新聞広告、ノベルティーなどを思い浮かべる人は多いでしょう。しかし、当たり前のことですが、周年事業はツールをつくることだけが目的ではありません。

 周年は、会社の過去を振り返り、現在の状況を把握し、未来に向けて戦略を練る、経営戦略そのものの再構築の機会であると考えます。そのために必要なのは、経営資源の棚卸しです。まずは原点回帰や経営戦略の再構築などに取り組み、それらに必要なアウトプットを考える。そうすることで、表現の可能性も広がり、効果的なプロモーションができるはずです。周年だからこそできることを、トップマネジメント自身が認識する必要があると思います。

──経営資源の棚卸しが周年だからこそできるのは、なぜでしょう。

 周年という名目で、社員全員で自社の過去、現在、未来について考えることができるからです。周年は利害を超えるので、日頃は意思の疎通を欠いたり、ときに「対立」したりしがちな部署間も「周年だから」という大義によって、有機的、友好的につながりやすいと思います。

 周年事業に取り組む場合は、社長直下でプロジェクトをつくり、広報や宣伝部門だけでなく経営企画や経理財務、人事総務やIR部門など、各部署からメンバーを集めます。その上で事業部門も交え、全社的な取り組みにしていきます。

 周年は企業にとってのライフイベントです。私の専門業務の一つに、持ち株会社化や組織再編のサポートがあるのですが、これもライフイベントのひとつです。周年を機に事業構造を大きく変更し、それに伴い、持ち株会社化や組織再編を行うとき、そのワンパーツとして広報や広告宣伝があると考えています。

──周年事業で印象に残っている事例は。

 インナーコミュニケーションに力を入れる企業が増えています。その中でもユニークなのが、周年を機に社歌をつくるという事例です。昨今、社歌は「ビジョンソング」とも呼ばれ、専門で請け負う音楽レーベルもあるほどです。理想は、従業員のモチベーションを高め、その波及効果と通常のプロモーションを融合させること。たとえば、グローバル企業の場合、英語でビジョンソングをつくり、歌詞を新聞広告に掲載し、QRコードなどでオウンドメディアへ誘導することも可能なのではないでしょうか。

周年事業に最適なメディアは、過去と現在、未来が混在する新聞

──周年事業において、メディアが果たす役割は。

2015年4月1日付朝刊 小学館『小学一年生』創刊90周年の新聞広告
2015年4月1日付 朝刊619KB

 周年事業の核となるメディアは新聞だと考えています。情報の速報性と手軽さにのみ注目が集まる中で、新聞は過去の出来事を振り返る記事がありつつ、現在のニュースを伝え、未来についても予測する独特なメディアです。そうした媒体の特性は、あらためて過去を振り返り、未来へのメッセージを掲載する周年広告との相性がいい。少し前のものですが、小学館の『小学一年生』創刊90周年を記念した新聞広告は、とても印象的でした。

 社長や学長など、組織体のトップが自らメディアになるという方法もあるでしょう。周年は、トップが自社の経営理念を踏まえて戦略を語る絶好の機会です。通常は、競合他社や昨今の事業環境など、当然ですが切り口は目先のビジネスがメインの話になります。けれども、周年であれば、祖業を振り返りながら、現在、未来へとつながる話ができる。たとえば、原点回帰で祖業を生かすといった話もできるし、祖業にはこだわらずバッサリ切るという話もできる。それは周年だからこそ発信できることだと思います。

 また、周年でホールディングス体制に移行し、商号を変更するといった場合などでは、そのことを伝える新聞広告は継続して掲載すべきだと思います。新社名と旧社名とをリンクして覚えてもらうためにも、情報や想いを発信し続けることが大切。私は日頃のコンサルティング業務でも「周年は経営戦略そのものなので、プロモーションは単発で終わらせるものではない」と強調しています。

──今後の周年事業の在り方については。

 社員一人ひとりが周年の意義を理解し、自分事として顧客にアピールできることが理想です。そのためにも、社員のモチベーションを上げることが、いいコミュニケーションにつながると思います。会社が従業員に向けて感謝の気持ちを伝え、一体感を醸成する取り組みは、最近のトレンドの一つ。先に紹介したビジョンソングのほか、グループ会社が一体となって大運動会を開催するといったことも有効なインナーコミュニケーションとして、再注目されています。

 創業の周年だけでなく、100万台突破や開催100回記念など、節目となる数字を生かしたプロモーションも可能ではないでしょうか。自分たちの会社に何か節目となる数字はないか、探してみてください。そうすることで、効果的なプロモーションの準備もできるはず。準備期間の目安は、100周年事業であれば、2年から2年半、情報発信は2年程度前から実施することが望ましいと思います。

 同期や同い年の人と会うと、不思議と親近感が湧きますよね。それと同じで、100周年同士の企業やブランドも同じ時代を生き抜いてきた共通点があります。そのことからも、たとえば50周年同士とか、50周年と50万台突破をあわせるとか、異業種がタッグを組んでプロモーションしたら、さらに注目が集まるのではないかと考えています。

■周年事業の類型
1.ビジョナリー・
意識改革型
継続企業としての歩みを振り返ると同時に次なる50年、100年を見据えて経営ビジョンを新たに制定あるいは改定する、CIを刷新するなどの取り組みが代表的。中期的な経営計画のバックボーンとなる経営ビジョンはトップマネジメントと従業員のベクトルを一つにするための重要なツールといえる。
2.戦略的
マーケティング型
いわゆる4P(Price、Place、Product、Promotion)の見直しがこの範疇(はんちゅう)に入る。「周年」を契機に次なる「周年」を見据え、市場戦略を見直し経営計画や組織体制の整備の基礎とする。競合状況や事業環境の変化を先読みしつつ上記「ビジョナリー型・意識改革型」をより戦略的具体的に展開する。
3.イメージアップ型 周年事業の一環としての企業広告やPR誌の発行などが「イメージアップ型」に該当する。企業グループの認知度向上を目指すこうした動きには他にもイベント協賛や出版物の刊行などがある。
4.組織活性化型 経営ビジョンの具現化としての抜本的な組織デザインの見直しや各種社内制度の制定などが例として挙げられる。「ビジョナリー型・意識改革型」の周年事業を企業活力充実の観点から展開する。
5.販売促進型 周年記念セールや各種キャンペーンがこれに該当する。デイリープロモーションの範疇(はんちゅう)を超えた活動を志向する場合が多い。セールスコンテストや特別リベートなども含まれる。
6.リレーションシップ重視型 周年事業の一環として取引先や株主など、ステークホルダーとの関係強化を図る取り組みが「リレーションシップ重視型」である。レセプションや記念シンポジウムの開催などが該当する。
7.CSR・CSV/SDGs型 社会課題の解決に軸足を置いた取り組みがこの「CSR・CSV・SDGs 型」に分類される。様々な社会的課題に対し、社全体として解決にコミットしていく姿勢を示すものである。また文化活動と福祉活動などもこの範疇(はんちゅう)に入る。具体的には文化交流事業の促進や育英基金の創設、福祉車両の寄付なども挙げられる。
8.セレモニー型 「販売促進型」に近いが、より謝恩色の強い周年事業といえる。代表的な取り組みとしてはご招待キャンペーンや、各種記念イベントの開催が挙げられる。
林正浩(はやし・まさひろ)

大和総研 経営コンサルティング第三部 主任コンサルタント

1969年新潟県生まれ。93年大和証券入社。2004年大和総研入社。産業コンサルティング部、事業戦略コンサルティング部などを経て、2017年から現職。食品メーカーや広告代理店、旅行代理店を中心に経営ビジョン策定やグループ経営及び組織運営に係るアドバイザリー業務を幅広く手掛けている。最近では地方創生とスポーツを絡めた事業開発に取り組む。