「すごい!」と思わせるより「元気づける」 自己効力感を高めるコミュニケーションへ

 生活者視点からの「共感」を重視した企業コミュニケーションが増えている。今の時代に消費者からの共感を得て、ブランド価値を高めていくうえで何が大事なのか。 ネットコミュニティーや参加型マーケティングの専門家で『共感ブランド』の著書もある、相模女子大学の金森 剛教授に聞いた。

現代の多くのブランドは共感に基づく「経験ブランド」

金森剛氏 金森 剛氏

──最近、増えている「共感」を重視したコミュニケーションについてどのようにとらえていますか。

 顧客からの共感をいかに得るか。それは企業活動の根幹であり、今に始まったことではありません。ただ価値観が多様化した現代社会では、多くの人から共感を得ることは難しくなっています。そのため企業は、ある特定の層により深く共感してもらい、熱狂的なファンをつくり、ブランドロイヤルティーを高めていく。そのようなセグメントマーケティングに力を入れています。

 またブランドには「イメージブランド」「機能ブランド」「経験ブランド」の三つがあります。「イメージブランド」はルイ・ヴィトンやグッチなど誰もが憧れるラグジュアリー系。「機能ブランド」はアマゾンやユニクロのように圧倒的な機能を持つブランドです。しかし「イメージブランド」には歴史や伝統、権威が必要であり、「機能ブランド」を構築するには多大な商品開発への投資が必要です。よって現代の新商品、新サービスの多くは、消費者が実際に経験し、共感して初めて広まる「経験ブランド」です。消費者の共感が重視されるようになった背景には、そのような事情もあります。

■TyboutとCarpenterによる三つのブランド分類 差別化の基礎 マーケティング・ミックスの重点 消費者のニーズと関与 経営上の課題
機能ブランド
(例)タイド、ジレット・マッハ3、マクドナルド、デル・コンピュータ、BIC、GE
優れた機能もしくは経済性 製品、価格、流通 生理的または安全欲求、相対的に低関与 優位性の基礎の維持
イメージブランド
(例)マツダ・ミアタ、ウォークマン、ナイキ、アップル、コーク、ペプシ、ラルフ・ローレン、アンダーセン・コンサルティング、GM、BMW
望ましいイメージ コミュニケーション 社会的または自我欲求、中・高関与 ブランドの歴史的資産と変化する環境への対応とのバランス
経験ブランド
(例)ディズニー、サターン、エリザベス・アーデン、ヴァージン・アトランティック航空、スターバックス、リッツ・カールトン
ユニークな経験 サービス提供 (場所および人間) 自己現実欲求、中・高関与 提供の一貫性、消費者満足のリスク

『マーケティング戦略論:ノースウエスタン大学大学院・ケロッグ・スクール』2001より作成

──企業が消費者からの共感を得るうえで大事なことは何ですか。

 現代社会は情報過多で、消費者は企業から次々と届けられるメッセージに疲れ始めています。メディアや広告が押しつける理想的なライフスタイルや生き方を、自分とは関係ないものと感じる人も増えています。よって大事なことは製品やサービス、それによって実現するライフスタイルを「すごい!」と思わせることではありません。むしろ消費者を「安心させる」「ほっとさせる」「元気づける」「自由にさせる」─ 消費者をエンカレッジし、自己効力感を高めるコミュニケーションが求められているのではないかと思います。

──企業が一方的に押しつけるメッセージから共感は生まれないと。

金森剛氏

 「共感」とは本来、子供がケガをした時、親が同じように痛みを感じる感情です。ブランドとの関係においても、そのブランドが喜んでいるときは自分もうれしい、頑張っているときは自分も頑張ろうと思う、といった擬人化した関係が理想です。そういった意味では完全無欠な存在より、人間的な弱さを持っていたほうが人は共感できます。「弱みを見せる上司のほうが信頼される」といったようなことが、企業と消費者の関係でも言えるのではないでしょうか。ときには企業が弱みをさらけ出し、「一緒に何とかして欲しい」と訴えるようなアプローチがあっても良いと思います。実際に私が行った調査でも、業界のトップブランドは常に叩かれる傾向があり、二番手、三番手のほうが共感を持たれやすいという結果が出ました。消費者にとって、トップブランドは自分が関わる必要性が感じられず、参加意識が生まれにくいのでしょう。かつてのアップルに熱烈なファンがいたのは、マイクロソフトという巨大なトップブランド、敵がいたからです。

ディープなコミュニティーよりゆるやかな心のつながりを

──そのような共感から自然発生的にコミュニティーが生まれるケースもあります。

 かつてパソコン通信の時代には、パナソニックのPCユーザーがコミュニティーをつくり、製品開発に関わるケースもありました。今でもアップルはユーザーが自主的にサポートを行っています。このような顧客参加や価値の共創を促すものこそ共感です。またブランド経験によって共感を生み出すうえでは「対話と透明性」、つまりブランドと顧客のコミュニケーションがよくとれており、お互いの関係の風通しが良いことが重要です。そして、そのブランドを表現する人物や開発のストーリーなど「ブランド物語」も欠かせません。消費者は「コミュニティー」「対話と透明性」「ブランド物語」「ブランド経験」などによって共感を強め、価値を共創し、それがクチコミで広がり、さらにコミュニティーやブランド物語の強化につながっていくのです。


金森 剛『共感ブランド:場と物語がつくる顧客参加の仕組み』2014より作成

 ただ現在では、かつてのようなディープなコミュニティーをつくることは難しくなっています。無理につくろうとすると炎上したり、失敗したりするケースのほうが多いでしょう。今後は、もっとゆるやかなユーザーの心のつながりが重要です。例えば、メルセデス・ベンツのオーナーは必ずしも実態のあるコミュニティーのメンバーとしてつながっているわけではありません。でもメルセデスに乗る人は誰もが、他のユーザーのことを同じステータスの人間として、仲間意識を感じています。そのようなファン同士の心の絆をいかに築くかが、今後はますます問われてきます。

──最後に、共感を広げていくうえで、メディアの活用についてアドバイスをお願いします。

 マスメディアはブランドの認知を広げるには有効ですが、これだけで共感を広げていくのは難しい。ネットはマスメディアよりは有効ですが、これもそれだけで共感を広げるのにも限界があります。共感を広げていくうえで一番強力なのは、やはりリアルな経験の場です。メディアとネット、イベント等を組み合わせ、いかに相乗効果を生み出すかが鍵でしょう。

金森 剛(かなもり・つよし)

相模女子大学副学長 同人間社会学部社会マネジメント学科教授

1960年生まれ。慶應義塾大学卒、筑波大学大学院修了。野村総合研究所事業部長などを経て現職。主な著書に『共感ブランド』『ネットコミュニティの本質』『マーケティングの理論と実際』など。