クリエーティブの答えは企業のなかに。それを発見し、かたちにする

 2016年のカンヌライオンズでパナソニックの「LIFE IS ELECTRIC」が日本初のデザイン部門グランプリを受賞。JR東日本の「行くぜ、東北。」や「Honda.Beautiful Engines.」など、国際的な広告賞で数々の賞を受賞した作品を手がけてきた電通クリエーティブディレクター/アートディレクターの八木義博氏。2017年には優秀な若手デザイナーに贈られるJAGDA新人賞を受賞し、ますます活躍の場を広げている。

鬱憤(うっぷん)を爆発させるように取り組んだ句集が転機に

──広告業界を目指したきっかけは。

八木義博氏

 父がカメラマンだったので、子どもの頃から表現する仕事にはなじみがありました。絵が好きだったこともあり、大学は美術系の学校に進学しました。大学在学中にクリエーティブディレクターの佐々木宏さんや佐藤可士和さんらの仕事に触れ、アートとビジネスの両面をもつ広告という仕事に魅力を感じました。

 また正直、自分がアーティストとして生きていく自信はありませんでした。大学に入って、自分より才能がある人間がたくさんいることを知ったからです。むしろ僕は、グループ制作の授業などを通じて、チームでものをつくることに興味を持ちました。自分一人でコツコツと何かをつくるより、色んな才能をひとつに束ねて、化学変化によって新しいものを生み出す。そんなものづくりのスタイルに関心があったことも、広告を目指したきっかけです。

──そして卒業後、電通に入社されたのですね。

 実は新卒時の就職では電通に落ち、京都の小さなデザインスタジオで働き始めました。でもどうしても広告会社で働きたかったので、派遣社員として京都の電通支社で働かせてもらい、その後、契約社員になります。何とか自分をアピールしようと朝日広告賞に応募したら入選し、その後、大阪に異動になります。そこで正社員登用試験を受け、ようやく社員になることができました。

 最初は、銀行のパンフやリーフレット、会社案内などの制作がおもな仕事でした。その後、東京勤務となり、パナソニックの白物家電の広告制作に携わります。ただ大きなクライアントだけに、仕事はチームの一員としてプロジェクトの一部に関わるだけ。仕事にはもちろん一生懸命取り組みました。でも当時は若かったこともあり、もっとプロジェクト全体に関わりたいとの思いが強く、自分はこのままでいいのだろうかと不安になることもありました。

──転機となった仕事は。

 出版社の求龍堂から刊行された『キリトリセン』という大高翔さんの句集です。20代のスタッフが「これまでにない楽しい句集をつくろう」との意気込みで企画したもので、アートディレクションを担当させてもらいました。装丁だけでなく、160ページの中身1ページ1ページすべてを、広告をつくるように作り込んだアートブックのような本です。僕のこれまでの鬱憤を爆発させるように、全力を傾けました。苦労もしましたが、とてもやりがいのある仕事でした。この本が海外で賞をとり、色んな方からお誘いを受けるようになり、その後、仕事がどんどん広がっていきました。

※作品画像は拡大表示できます
『キリトリセン』大高翔俳句集 求龍堂 (2007年)
『キリトリセン』大高翔俳句集 求龍堂 (2007年)

──代表作の「行くぜ、東北。」はどのような経緯で生まれたのですか。

 あれは3.11東日本大震災の後、JR東日本として東北のために何かできることはないか、といった思いから生まれた企画です。それまでのJR東日本のCMやポスターは美しい風景やおいしそうな食べ物を見せて、東北へ行こうと呼びかける表現が多かったのですが、当時はそんなことは言いにくい状況でした。だから、見た人がとにかく元気になれるようにと、新幹線を、みんなを力強く引っ張るヒーローのような存在に見立てて表現しました。あのポスターには賛否両論ありましたが、反響の大きさに驚きました。その後、復興が進んで観光ができるようになると、ローカル線をテーマにしたビジュアルをつくり始めました。東北にはデザインもかわいいローカル線がたくさんあるのに、通勤電車としてしかとらえられていないのはもったいない。ローカル線を旅行者の視点から見ることで、いままでの東北とは異なる、新しい体験、価値を表現できるのではないかと思ったのです。

「行くぜ、東北。」JR東日本(2011年)

「行くぜ、東北。」JR東日本(2017年)
「行くぜ、東北。」JR東日本(2017年)

ブランドのあるべき姿を探し、クライアントと対話を

──最近の仕事で印象に残っているものは。

 2016年、カンヌライオンズでグランプリを獲得した、パナソニックの「LIFE IS ELECTRIC」ですね。パナソニックとは10年ほど前にも仕事をさせてもらいましたが、その同じ担当者と一緒に10年前には実現できなかったことができました。そのうえ大きな賞までいただけ、とても感慨深いです。

Life is electric テレビCM120秒【パナソニック公式】

──チームでものをつくるうえで気をつけていることは。

 プロジェクトごとに僕の役割も、チームのメンバーも異なりますが、あまりそれぞれの職種にこだわらず、みんなで一つのものをつくりあげていく感覚を大事にしています。例えば、普通ならコピーライターに聞かないようなことも、あえて相談したりします。アイデアや世界観のもっと手前にある空気感のようなものを共有するために、同じ音楽を聴きながらみんなでラフを描く、なんてことをしたこともあります。そしてすべてを自分で決めず、あえて余白をつくる。それによって、思ってもいなかった発想が生まれたり、想像もしていなかったクオリティーの高い仕事ができたりすることがあるからです。

──最近は依頼される仕事の内容も変わってきているのではないでしょうか。

 単に製品やサービスを広めるための、分かりやすい広告の仕事から、これまでの価値観を変えたり、新しい価値をかたちにしたりするような仕事が増えています。仕事の依頼も、具体的なCMやパッケージデザインの制作から、デザインやビジュアルコミュニケーションによって「うちの会社が抱える問題をなんとかしてほしい」「この分野でなにか面白いことができないか」といったざっくりとしたものになってきています。企業コンセプトや社名ロゴなども含めたワンパッケージ、ときには商品開発にまで関わることも多いです。そのため最終的に形になるまでの時間がどんどん長くなり、1、2年は当たり前、5年ほどかかってようやく世の中に出る仕事もあります。

──カンヌライオンズなどの受賞作を見ても、最近は「クリエーティブで社会課題をいかに解決するか」が大きな潮流になっています。

1day Menicon Flat Pack(2012年)

 海外のソーシャルグッドな流れに対しては、「そんなことまでやるんだ」「そんな訴え方があったのか」と刺激を受けることが多いです。ただ僕自身は、ことさらクリエーティブの力でソーシャルな問題を解決しようという発想はもっていません。企業が社会に存続できるのは、社会に貢献しているからであって、僕らの仕事はあくまでそんな企業の価値を、きちんと社会に伝えることだと思うからです。

 だからクリエーティブの答えは常に企業のなかにある。それをきちんと見極め、目に見えるかたちにし、一般の人にきちんと伝えることが、僕らの仕事だと思います。ただ時代が大きく変化し、価値観が多様化している現代では、企業が自分たちで価値だと思っていることが消費者の認識とずれていたり、自分たちの新しい価値に企業自体が気づいていなかったりすることもあります。だからクライアントから「こういうCMをつくってください」と言われた通りにつくっただけでは、クライアントの本当の目的を達成できないこともあります。この商品は、その企業のどんな理念から生まれたのか、社会にどんな価値を提供しようとしているのか、といった本質的なところからきちんとクライアントと対話をすることが、ますます大事になってきていると感じます。

──新聞広告に対しての意見を聞かせてください。

 広く一般に何かを伝えるうえで、新聞広告のメディアとしての存在感は無視できません。業種にもよりますが、僕は大きなキャンペーンの提案には新聞広告を入れることは多いです。新聞広告には、何月何日に自宅まで届けられた、という手紙のような体温があります。クリエーターは、もっとそのような新聞の良さを活用すべきです。僕は本紙と折り込みのエリア広告特集を組み合わせてよく使います。本紙でブランドの発信をし、エリア広告特集でより詳しく紹介したり、カタログ的に使ったりしています。あとよく思うのは、読者にとっては記事も広告も、情報を得る手段としてはさほど区別はないのではないかということです。もっと記事と広告をうまく連動させた企画があってもよいと思います。

──最後に、若手クリエーターへのメッセージをお願いします。

 若い人は上辺の表現や派手にメディアを使うことから先に考えがちです。広告とデザイン、デジタルとアナログ、活字メディアと映像といったものを分けて考える傾向もあります。でも、まずはクライアントのことをとことん知り、彼らが課題としていること、その会社の魅力を引き出すことに力を注ぎたいですね。そしてそれをかたちにするうえで、何が最適かを考えます。結果的にそれが、ポスターやイベント、映像になるだけの話です。とにかく、クライアントととことん対話し、信頼関係を築いて同じ目標に向かっていく。それが大切だと思います。

八木義博(やぎ・よしひろ)

電通 CDC クリエーティブディレクター/アートディレクター

1977年京都生まれ。国内外をステージにし、ノンバーバルなビジュアルコミュニケーションで、グラフィックデザインや商品ブランディングなど、幅広いクリエーティブを展開。 主な仕事に、JR東日本「行くぜ、東北。」、日本郵政企業広告、パナソニック、ホンダ、メニコンなど。東京ADC賞、佐治敬三賞、毎日広告デザイン賞最高賞、アドフェストグランプリ×2、D&AD Yellow Pencil、N.Y.ADC金賞、Cannes Lions金賞など受賞多数。最近では「Honda. Beautiful Engines.」が2015年のアドフェストにおいてDesign / Booklet部門で最高賞のグランデを、その他部門でゴールド、ブロンズを受賞し、JR東日本「行くぜ、東北。」が3部門でブロンズを受賞。「行くぜ、東北。」は、同年のOne ShowにおいてもBest in Design、Goldを受賞した。