「観客から選手へ」─ 企業が取り組むSDGs 改めて問われる、ブランドへの信頼感

 2017年7月、米国ニューヨークの国連本部で開かれたハイレベル政治フォーラムにおいて、「SDGsの推進には民間セクターの参加が不可欠」という認識が表明された。SDGs採択から3年。日本企業の取り組みの現状、課題などについて、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構 教授で、SDGs企業戦略フォーラム座長も務める沖 大幹氏に聞いた。

沖 大幹氏 沖 大幹氏

──日本でのSDGsの取り組みはどのように進んでいますか?

 政府は首相直轄の「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」を設け、地方創生や働き方改革、女性参画といった政府としての施策をSDGsを通じて推進することを前面に打ち出しています。政府がここまで本格的に動いている国は世界的にも少なく、評価できると思います。しかし、多くのグローバル企業やNGOが参加してSDGsのルールや枠組みを決める段階では政府も日本企業も積極的に参加しませんでした。世間の関心も薄く、2015年の採択の直後は報道もほとんどされませんでした。しかし、海外と取引のある企業はSDGsへの世界的な潮流を肌で感じ、さらに年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESG投資を始めたことも大きなきっかけとなって、政府も企業も本腰を入れ始めました。昨年あたりからようやく世界の動きをキャッチアップできたと捉えています。

── 2017年10月、「SDGs企業戦略フォーラム」を立ち上げました。

 日本企業がSDGsをどう活用するかを議論する場で、20社が参加しています。目指しているのは「観客から選手へ」。先に触れたように、ルールを作る際に日本企業は参画せず、「国際的に合意したから」と受け身的に動き始めた企業が少なくない。これでは、外側から見ているだけの「観客」です。SDGsでは各ターゲットごとに指標が設定されており、その指標は必要に応じて見直すことになっています。日本企業も、自社がどんな風に本業を通じた社会貢献や環境保全、経済発展が実現できるか、そのためにはどんな指標があると好都合かをもっと議論すべきです。その上で、国際社会に対して主体的に発信、提言をする「選手」になることが重要なのです。

※図表は拡大表示できます
SDGs企業戦略フォーラム
消費者レポーとでの持続可能性言及割合

KPMG Report,2017より作成

──課題は何でしょうか。

 欧米に輸出しているBtoB企業の場合、今や環境に配慮していない商品やトレーサビリティーがないものは取引してもらえないことがあるので、当然SDGsに考慮した企業活動をせざるをえなくなっています。しかし一方で、対象が主に国内の消費者であるBtoC企業はSDGsに取り組む積極的なインセンティブがいま一つ感じられず二の足を踏んでしまいがち。欧米だと環境によくないものは不買運動が起こったりするのですが、日本では「安さを優先して買う」という人がまだまだ少なくないからです。これが、日本でSDGsが浸透しない一つのボトルネックになっていると思います。

──消費者の理解を得るためにも、自社がどういう考え方でSDGsに取り組んでいるかコミュニケーションすることも重要ですね。

 確かにコミュニケーションは大事です。でも、先ほども触れたとおり、企業が環境に配慮した商品やサービスを提供しても日本の消費者の購買行動にはさほど大きな影響を与えません。そうした状況で、SDGsやCSRへの取り組みを広く発信することで自社のブランド価値を高めようというのは、正直に言って空論でしかない。消費者も忙しい。自身の健康や仕事、子どもの教育など考えなければならないことがたくさんある中で、スーパーで買い物するときにも、値段を見てカロリーを気にして、その上でその商品が森林やクジラにとって悪くないかをチェックし…なんて、ほとんどの人はやらないでしょう(笑)。私自身、興味がある分野以外はそこまで気にかけません。

 結局、「ブランドに対する信頼」で買うのだ、と。この企業の商品やサービスならきっと環境にも配慮されているだろう、きちんとしたトレーサビリティーのもと調達し、児童労働などの反社会的なことはしていないに違いない、という信頼感です。オーガニックをうたう店なら「いいものしか置いていないはずだから何を買っても大丈夫」と安心し、少し高くても買う。そういう意味では、まずは「この会社やブランドなら信頼できる」という期待を裏切らない活動をし、安心を提供することが非常に重要だと考えます。

SDGs 持続可能な17分野の開発目標 SDGs 持続可能な17分野の開発目標

──ESG投資の潮流は?

 消費者の意識を変えることが難しい中、ESG投資は企業がSDGsを推進する上で大きなインセンティブになりますが、投資家の立場で考えると、ESGを考慮する企業の方が運用利回りがよくなるという保証はありません。ただ、長期運用を考えたときに、ESGに配慮している企業の方が外的ショックに強いのではと期待されています。それはまさに「ブランドの信頼感」に通じます。信頼できる企業はもしも不祥事が起きてそれが明らかになっても会社をたたむということはないでしょうし、50年先にたとえ業態が変わっても同じのれんで仕事をしようという決意がある企業は信頼できる、ということです。ESG投資は、改めて自社の信頼感やブランド価値を見直すきっかけになるのではと思います。

沖 大幹氏

──メディアへの期待は?

 SDGsに配慮したところで売り上げにどれだけ貢献しているかわからない。そんなときにメディアに取り上げられたら報われたと思うし、担当者としては上司にも説明ができる(笑)。朝日新聞が全社的に長期に渡りSDGsへの取り組みや情報発信を続けていることは意義があることだと思います。公共機関や企業も、朝日に限らず、新聞に載ることで社会的な評価が定まると認識する傾向はまだまだあります。SNSやネットの影響力が言われますが、信頼性や社会的な流れをつくるという点では、新聞には今後も大きく期待しています。

──改めて日本企業はSDGsをどう捉え、取り組んでいくべきでしょうか?

 企業が長期経営戦略を構想する際、例えば2030年に私たちはどんな社会でどんな暮らしをしているのかを考えるのにSDGsは非常に役立つと思います。また、日本には古くから、「三方よし」という企業文化が根付いて、SDGsの理念に沿っているのも日本企業にとっては大きな強みだと思います。「選手」としてSDGsに自主的、主体的に行動し発信することで、企業としての成長のチャンスにつながるはずです。

沖 大幹(おき・たいかん)

東京大学 サステイナビリティ学連携研究機構 教授

1964(昭和39)年東京生まれ。89年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。博士(工学)。気象予報士。専門は水文学(すいもんがく)。文部科学省大学共同利用機関総合地球環境学研究所助教授、国土審議会委員など歴任。現在、国連大学上級副学長・国連事務次長補、東京大学総長特別参与を兼任し、SDGs企業戦略フォーラム座長も務める。『水の未来』(岩波新書)、『水危機ほんとうの話』(新潮選書)など著書・論文多数。