「人生100年時代」を迎え、人々の消費行動はどのように変わっていくのか。企業は「人生100年時代」をどのようにとらえ、マーケティング施策に取り組んでいけばよいのか。3万人の定点調査に基づく生活者市場予測システム「mif」を活用し、様々な生活者情報の分析を行っている、三菱総合研究所チーフプロデューサー 阿部淳一氏に話を聞いた。
──現在、多くの企業が「人生100年時代」を意識したコミュニケーションやマーケティング活動を行っています。そのような流れをどのように見ていますか。
これから「人生100年時代」が社会の基調トレンドになっていくことは間違いありません。企業がそれに向き合っていくことは当然です。ただ「人生100年時代」というと、どうしてもシニアに意識が行きがちです。しかしこれからの変化をきちんととらえるには、むしろ若い世代に目を向けるべきです。「人生100年時代」の本質は、これまでの年代ごとに共通していたライフステージ、単線型のライフコースが崩れ、複線化し、多様化することです。そういった意味で「人生100年時代」の最初の世代となるのは、今44 〜47歳の団塊ジュニア世代でしょう。この世代こそが終身雇用が崩壊し、非正規雇用が増えた、ライフコース複線化の最初の世代だからです。この世代が高齢化したとき、社会の様相やシニア像は、今とはまったく異なるものになっているはずです。
── 「人生100年時代」の主役は若い世代、という視点は重要ですね。
もう一つ重要なのが女性です。ここ20年ほどで働く女性が増加し、女性のライフコースが多様化しています。生涯シングルや、結婚はしても子供をもたない選択を主体的にする人も増えています。すでに女性は「人生100年時代」の先陣を切っているわけです。ですから「人生100年時代」を考えるうえでは、女性の消費行動が今、どのように変化しているのかを理解することも大切です。
──女性の消費行動はどう変わってきているのでしょうか。
かつてのようにシングル女性が高級ブランドを買って消費を牽引(けんいん)する減少は影を潜めました。「mif」のデータを見てもファッション、化粧品、旅行の消費はどんどん減少しています。では彼女たちは何にお金を使っているのか。今を楽しむ消費を抑え、老後を含めた将来不安に備える消費に大きく舵(かじ)を切っているのです。投資セミナーやスマホによる資産運用サービスなどには女性から大きな注目が集まっています。70歳まで働いても年金が十分もらえるか分からない状況では、将来に備えようと考えるのは当然です。知人のアメリカ人エコノミストは「ようやく日本の女性の消費がまっとうになってきた」と語っていました。彼女たちは消費をしなくなったのではなく、刹那的(せつなてき)な消費から、長期的スパンに立ったより価値ある消費へとシフトしている、とも言えるでし ょう。
──60代以降のシニア層に対しては、マーケティングの観点からどうとらえていけばいいのでしょうか。
この世代は基本的に自分の楽しみのためにはあまり消費をしません。でも子供や孫のためとなれば途端に財布がゆるみます。60代以降の消費を活性化するうえでは、やはり3世代消費という切り口がカギとなるでしょう。私どもの調査では、ワーキングマザーは親の近くに住み、支援を受けているケースが圧倒的に多いことが分かっています。不動産会社やハウスメーカーが打ち出している「近居」というコンセプトはまさにそこを狙ったものです。最近はテーマパークや外食産業も3世代で楽しむ場としてのコンセプトを打ちだし、いかに3世代を取り込むかといった視点からのコミュニケーションを行っています。また近年、40代、50代になっても親と同居し続ける人が増えています。2.5世帯住宅のように、多様化する家族に応じた商品開発やマーケティングはますます重要になってくるでしょう。
──ライフコースの複線化はそのまま家族の多様化でもあるわけですね。
単線型のライフステージがあった時代は典型的な家族像を描け、それに応じたマーケティングや広告活動が有効でした。でも今のようにライフコースが複線化し、家族が多様化すると、そのようなマーケティングは通用しません。これまでの家族像だけでなく、女性らしさ、男性らしさといったステレオタイプな認識もどんどん崩壊しています。若いDINKSの男性は家事や子育てに積極的で、それに応じた男性の家事関連の消費が活発化しています。同じ年代の女性でも独身か、親と近居するワーキングマザーかで消費行動はまったく異なります。これからは世代や性別でひとくくりにするのではなく、その人がどういうライフコースを歩んでいるかを分析しないと、市場の変化やニーズをとらえにくくなってきています。あるメーカーの方が「もはや6割を狙う商品を考えてはいけない。ターゲット像をピンポイントで絞り、リアルにペルソナを思い描いたうえでその人のための商品を開発する必要がある」と言っていましたが、その通りだと思います。
──きめ細かいマーケティングや商品開発力が、ますます重要になってくるわけですね。
今、若者の物離れがよく言われています。私どもがゆとり世代の消費行動の分析をしたところ、スマホやSNSの登場によって、彼らのコミュニケーションや買い物、レジャーのスタイルが大きく変わってきていることが分かりました。同時にこの世代は情報感度が非常に高く、年々、アーリーマジョリティーが増えています。ほかの人より一歩先を行くライフスタイルを送りたい、イケてる商品をいち早く購入したい、という欲求は強く持っているのです。インフルエンサーマーケティングが伸びているのもそのためです。そんなアーリーマジョリティーのニーズに応え、彼らに支持されるものをいかに提供できるかも、これからの企業にとっての大きな課題でしょう。
──最後に、メディアにはどのようなことを期待しますか。
たまに「人生100年時代」を切り口に、将来への不安をあおるかのような記事や広告を見かけます。警鐘を鳴らすことは大事ですが、それによって若い人がリスクを恐れ、後ろ向きになってしまってはいけない。「人生100年時代」は前向きに考えれば、誰もがより主体的に、その人らしい人生を送れる時代です。一つの正解はないので、自分にとっての正しい道を見つけにくい面はあるかもしれません。だからこそメディアが、こういう生き方があるといった様々な先行事例を発信することが大切です。メディアや広告には、若い人たちに希望を与え、背中を押すようなメッセージを期待したいですね。
三菱総合研究所 人事部 チーフプロデューサー
1986年三菱総合研究所入社。生活者・消費者行動分析を中心としたマーケティング戦略立案に関するコンサルティングに従事。2011年8月より、日本最大規模の3万人のデータを提供する「生活者市場予測システム(mif)」の開発と運営を担当。現在はmifデータを用い、日本人のライフスタイル変化を分析し情報発信を行う。