デジタル化の一層の進展とともに、広告活動でのメディアの活用範囲や展開すべき施策が、より多様化、重層化している。限られた予算をいかに適切に配分するか。企業の広告・宣伝担当者の悩みは尽きない。そのような顧客の課題やニーズと日々向き合っている調査会社、ビデオリサーチの吉田正寛氏に話を聞いた。
──最近、企業の広告・宣伝担当者から調査会社に対してはどのようなニーズ、要望が多いですか。
今、広告・宣伝担当者がやるべき施策が非常に増えていますが、リソースには限りがあります。すべてに力を注ぐことはできないので、より効果的なものに絞りたい。そのために広告予算をどう配分すべきか、といったことに多くの方が悩まれています。決めた予算配分を上長に説明するための根拠も必要です。そのため今、テレビやデジタル、紙媒体などあらゆる広告活動をフラットにとらえ、共通の指標で比較したい、とのニーズが高まっています。
──現在、多くの企業は実際にどのようなロジックで予算配分を決めているのですか。
長年の経験に基づく肌感覚でテレビ、新聞、デジタルなどの予算配分を決めているところは今でも少なくありません。とはいえデジタルマーケティングの影響もあり、それぞれの広告効果を数値で把握し、比較検討したいという考えが広がっています。少し前までは、MMM(マーケティング・ミックスモデル)が流行りましたが、売上げなどのKGIに対して広告費を変数として用いてもうまくモデル化できません。広告は同じ費用を投下しても、メディアによって期待される効果が異なるからです。そのため広告費より分かりやすく測定しやすい「リーチ」、またはリーチをアスキング(アンケート調査)による広告認知に置き換え、モデル化するケースが多いです。
ACR/ex 東京50km圏の男女12-69才を対象に実施/各メディアの広告印象32項目それぞれについて、当てはまる広告メディアを複数選択したものを数値化
──ブランドリフトはどのような文脈から始まったのでしょうか。
広告の効果はリーチと態度変容の掛け合せです。広告によって商品をすぐに買ってもらうことが難しくなっている今、ブランドや商品の信頼感を増したり、購入意欲を高めたりする態度変容の重要性が増しています。単にリーチを追い求めるのではなく、意識や情緒的な面に踏み込んだ考え方へ揺り戻しが起きているのです。昨今はアナログ以上にデジタルの世界がその方向に向かっており、広告効果検証としてのブランドリフトはまさにそのような文脈のなかで始まった取り組みです。
──デジタル広告では、態度変容を数値化しやすいですね。
接触者と非接触者を簡単に振り分けできるので、アスキングによって消費者が態度変容したかどうかを数字で簡単に提示できます。またバナーを何十パターンも用意してテストするなど、クリエーティブによる効果の違いも簡単に分かり、PDCAを回しやすい。とはいえ大手広告主にとって、広告戦略全体のなかでデジタルの施策は一部です。態度変容といった意味では、テレビや新聞などマスメディアのほうが圧倒的な力をもっています。そこでテレビや新聞による態度変容も、デジタルのように分かりやすく指標化できないか、といった要望が高まり、私どもも研究を進めているところなのです。
──広告効果を測るうえでは、メディアごとに特性があり、出稿する目的が違うことも配慮する必要がありますね。
同じコンテンツを見るにしても、テレビCMとYouTubeでは、消費者の反応はまったく異なります。このようなメディアそのものに対して起こる心理的反応「メディア・エンゲージメント」の数値化も試みています。その調査を通して、新聞や雑誌など紙メディアはしっかり見る印象が強く、内容理解につながること、とくに新聞は信頼性が高く、ポジティブなイメージの醸成が期待できることが改めて分かりました。ネットの情報が瞬時に流れていく一方、紙として情報が手元に残ることも新聞の大きなメリットです。またURLへの誘因力は新聞が一番強いことも分かりました。調査を通じて、デジタルと新聞の親和性の高さ、相互作用の力を強く感じています。
──新聞の場合、大きな課題は広告効果の可視化ですね。
ブランドリフトが注目されるもっと以前から、新聞は広告効果可視化のデータ整備を進めていました。新聞業界は2011年にJ-MONITORを立ち上げ、広告効果を同じ指標で比較検討できる仕組みをつくりました。そこにはすでに8年分のデータが蓄積されています。これらのデータを、ブランドリフトの文脈のなかでいかに活用していくかが課題です。私はJ-MONITORの立ち上げにかかわり、モニター管理もしましたが、広告の感想を求めるフリーアンサーに、読者が熱心に自分の考えや意見を書いてくれることに驚きました。新聞はもともと啓発的なメディアであることもあり、読者は広告のメッセージを自分ごととして受け止める傾向があります。通常のメディアでは広告は生活者から嫌がられる傾向がありますが、新聞では広告を熱心に読む人が多いのです。
── 今後、広告活動全般のなかで新聞広告はブランドリフトの面から、どのような役割が期待されるのでしょう。
モノが売れにくい今の時代、あらためて商品の詳細を語り、消費者の心を動かすことが重要になっています。購買ファネルの中で、理解や興味といった態度変容レベルである「ミッドファネル」を太らすうえで、新聞が有効なのではないかとの仮説のもと、私どもが行った調査でも、仮説通りの結果が出ています。新聞や雑誌の広告をやめたら、売り上げが大幅に落ちたというお客様がいるように、即効性はなくても商品の詳細を地道に伝えることの積み重ねは非常に重要です。とくに今、スマホとSNSの普及でネットはパーソナルに特化した情報しか刺さらなくなっています。そのため幅広い層へアプローチできるマスメディアへの揺り戻しが起きています。とくに新聞広告はネットで拡散されることが多く、社会的なムードを高める役割をもっています。直接、メディアを見ていない人への影響力、インパクトが大きい。そんな新聞広告がもつ価値をもっと生かす必要があるし、そこをいかに数値化するかが調査会社としての課題です。そのうえで、改めてメディア配分を見直し、各メディアの役割を加味した出稿配分ができないものか。そのための調査・研究に力を入れていきたいと考えています。
ビデオリサーチ ソリューション事業局 マーケティングソリューション部エキスパート
2008年ビデオリサーチ入社。ネット調査実務やメーカー営業担当、商品企画担当を経て現職。ビデオリサーチ保有のデータやノウハウを用いたコンサルティング業務に従事。主な専門は広告出稿配分分析や広告効果検証の分析。