コミュニティー・マーケティングにおいて企業はどのようなことに留意すべきか。SNSが普及し始めた当初から、SNSでつながるコミュニティーと、そこで展開される口コミの影響力に注目してきた上智大学経済学部 経営学科 教授の新井範子氏に、成功事例などについてうかがった。
「弱さ」や「ユルさ」があると 応援の輪が広がりやすい
──コミュニティー・マーケティングを研究対象としたきっかけは。
今から10数年前、私は東京大学生産研究所の喜連川優所長(現在は国立情報学研究所所長)のもとで、日本中のウェブ情報を集めて分析する仕事のお手伝いをしていました。当時の主なウェブ情報はブログでしたが、毎日何百万も配信されるブログを分析していくなかで、市場シェアの大きさと口コミの多さに相関関係がないことや、シェアが小さいブランドや商品ほどファンの「思いの強さ」を育み、口コミを伸ばしているケースが多いことがわかりました。これがコミュニティー・マーケティングに興味を持ったきっかけです。ちょうどSNSが普及し始めていた時期で、SNS上の口コミをいかに味方にできるか、という企業の課題も見えてきました。
── コミュニティー・マーケティングについての基本的なお考えは。
企業が意図的にコミュニティーを作る必要はないと思っています。消費者はコントロールをされることを嫌いますから、いわゆる「囲い込み」をねらっても、短期的な成果にとどまるケースが多い。それよりも重要なのは、商品やブランドへの自然発生的な声援を活用する工夫です。
── 自然発生的な声援を活用したマーケティングの成功例は。
「まるか食品」の「ペヤングソースやきそば」に異物混入が発覚し、販売を中止する事態となった際に、復活を熱望する声がSNSにあふれました。生産再開後も応援は続き、「ペヤング冷やし中華」「ペヤングアラモード」など、様々なアレンジでペヤングを食べるファンが現れ、まるか食品はこうした動きに反応して「チョコレートやきそばギリ」「ペヨングソースやきそば」といった遊び心のある新商品を提案しました。
これまで企業はブランドの「強さ」を志向してきましたが、SNS上では手を差し伸べたいと思わせる「弱さ」や、ツッコみやすい「ユルさ」があった方が応援されやすく、ペヤングの例はその典型といえると思います。
──ブランドの「強さ」にファンが集まるケースもあるのでは?
そうですね。例えばアウトドア総合メーカー「スノーピーク」は、「品質に見合った価格」に納得してくれる顧客にターゲットを絞り、ユーザーたちのリスペクトを獲得しています。今の消費者は「売らんかな」の姿勢を見透かしますが、カリスマ性のある経営者のメッセージやブランドの新商品については待ちこがれ、SNSなどで情報を交換します。同社はそうした期待に応えている企業の一つだと思います。
──販促の観点から注目しているコミュニティー・マーケティングは。
ツイッターや微博(ウェイボ)の口コミは変わらず大きな位置を占め続けると思います。また、昨今ネット動画の実演販売やチャットボットなどが人々の関心を集めていますが、コミュニティー・マーケティングにも活用が進んでいくと見ています。
新聞はコミュニティーの プラットフォームになり得る
──朝日新聞社は、様々なコミュニティー・マーケティングの試みを行っています。
私は犬を飼っているので「sippo」はよく知っています。ペット業界では一大メディアですね。ファーストムーバーであること、販促が第一目的ではないことが奏功していると思います。ペットとのつきあいは10年単位で、しかも思い入れの強い対象ですから、コミュニティーに長く関与してくれる可能性が高い。強いエンゲージメントを結びやすい例です。
2019年3月26日付 朝刊 全10段
朝刊ペット面
976KB
「Bon Marché /ボンマルシェ」は、「ボンマルシェ アンバサダープログラム」というコミュニティーを通じて、愛読者が紙面コンテンツや企画に参加し、結果として協賛企業の課題解決にコミットできるという、他では味わえない「経験」も提供しています。「ボンマルシェアンバサダー」のように扱うテーマが多種多様なコミュニティーの運営は、絶えず新しい何かを提供できる企画力とコンテンツ力がないと継続が難しい。新聞社だからこそ実現できている事例だと思います。
──新聞がコミュニティー・マーケティングに果たせる役割とは。
2016年12月30日、朝日新聞朝刊に8ページにわたり、ファンからSMAPへの応援メッセージ広告「SMAP 大応援プロジェクト」が掲載されました。私はこの発起人の1人にインタビューしたことがあるのですが、クラウドファンディングにどのくらいのファンが集まるのか全く読めないなか、「朝日新聞が迅速に、また臨機応変に対応してくれたことに驚いた」と語っていました。
こうしたコミュニティーのプラットフォームとしての役割は、紙面だけでなく、新聞配達網というリアルなネットワークでも果たしていけるはずです。買い物困難者へのサービス、健康管理デバイスと結んだ高齢者の見守り、配送するトラックの復路活用など、様々な可能性があると思います。同じマスメディアでも、新聞紙面という形あるモノを媒介に情報を届ける新聞ならではの、テレビにはない強みだと思います。
市場が成熟して差別化が難しくなっているECサイトの分野では、「ゴー・フィジカル」、すなわちリアル店舗に足を運んでもらうための施策が業界の関心事となっています。ネットコミュニティーもその流れにあり、「いかにリアルな経験を提供できるか」も課題の一つだと思います。
── 目下取り組んでいる研究課題について、お聞かせください。
高齢者の認知レベルに合った情報提供のあり方についての研究と、働く場と生活の場が混ざり合う時代における消費者行動の研究を始めています。デジタル空間やコミュニティーなど、ライフスタイルの変化に応じたマーケティング研究を今後も続けていくつもりです。
上智大学 経済学部 経営学科 教授
インターネットやアプリを使ったデジタルなマーケティング、デジタル空間での消費者行動やブランディッド・エンターテインメントを中心に研究している。著書に『みんな力』(東洋経済新報社)、『変革のアイスクリーム』(ダイヤモンド社)、『応援される会社』(山川悟氏との共著・光文社新書)など。