コンテンツマーケティングへの企業の関心が高まっている。顧客の心をつかみ、来店や購買につなげるためには、何が必要なのか。多様なメディアを持つ朝日新聞グループができることは何か。グランドセイコー「時のモノ語り」をはじめ、様々なコンテンツを制作している、ヤマモトカンパニー代表で『AERA STYLE MAGAZINE(アエラ スタイル マガジン)』エグゼクティブエディター兼 WEB編集長も務める山本晃弘氏に聞いた。
顧客も納得して購入できる 社会課題をテーマにしたストーリー
──ここ数年、コンテンツマーケティングへの企業の関心が高まっています。なぜでしょうか。
かつて広告は、発売する商品の特徴をニュースとして打ち出せば成立していました。しかし、今はそれだけを伝えても消費者や読者の心は動きにくい時代と言えるでしょう。では、どうしたらいいか。その手法の一つがコンテンツマーケティングで、広告する商品やサービスの価値を読み解き、ストーリーにして伝えることだと思います。そのときに必要となるのが「reasonable(リーズナブル)」であること。この言葉は、日本語では「安い」と訳されることが多いのですが、英語の語源は「reason・able」で「理由がある」という意味。社会が成熟してきたからこそ、消費者の心を動かすには商品やサービスを購入しようと思える価値と新しい理由が求められるのだと思います。クライアントも気付いていなかった潜在的な価値を読み解き、ストーリーにして伝えることが、私のような広告のつくり手の役割です。
今年も開催された世界最大級の時計の見本市バーゼルウォッチフェアで、多くの時計メーカーは「ダイバーズウォッチ」を発表していました。各ブランドの方々は口々に「グレートバリアリーフのサンゴ礁の保全に力を入れている」とか「ユカタン半島のマンタの数を守るために活動している」など、ダイバーズウォッチを開発した理由について説明をしてくれました。要するに各メーカーは、新商品であるダイバーズウォッチの価値を「SDGsや環境問題の解決に向けて行動しているブランドの姿勢」と重ね合わせ、海洋問題などをテーマにしたストーリーで伝えていたのです。その思いに共感した消費者は、「単に高級な時計を買っているのではなく、地球環境の改善に微力ながらも貢献できる時計なのだ」と納得して購入できるでしょう。まさしく、コンテンツマーケティングの典型的な例だと思います。
──グランドセイコーが刻む「時のモノ語り」連載は、山本さんが手掛けた仕事の一つです。読み解いたグランドセイコーの価値とは。
もともとは時計を欲しいと思っていない人や、機械式時計に興味がない人にもグランドセイコーの魅力を届けるにはどうしたらいいか、という相談でした。それに対して私が読み解いたことは、「時計は一生もの」であること。思い入れのある時計は父から子、子から孫へと、いわば「二生」「三生」も受け継がれることがあり、時や人生が時計とともに紡がれていくことが価値だと思いました。そして、人には時計を購入したくなる瞬間がありますよね。そうした時計にまつわる一瞬を切り取った短編小説を創作し、広告として連載することを提案しました。
──「 オールドパーとニッポンを語ろう。」の新聞広告とウェブで連載したコンテンツも山本さんが手がけたものですね。
2019年3月30日付 朝刊 全5段184KB
新聞広告のコピーの冒頭を「はぁーっ!はっ、はっ、は。」と笑い声にしたのは、制作する前に狂言を見に行ったら、まるでコントのような面白い内容だったからです。オールドパーも、152歳まで生きたとされるトーマス・パーさんをオマージュしたユニークな商品です。そんなオールドパーと狂言の古くて新しいという共通点から、切り口として、私は「人生を楽しむために、笑いながら飲むお酒」と読み解きました。
新聞は森羅万象を対象としたメディアなので、狂言がコントのように面白いという切り口でお酒の広告を掲載するほうが、オールドパーに関心がなかった人も引き込める可能性が高まると思いました。たとえば、なんだか狂言って面白そうだな、週末に観に行ってみようか、とウェブページにアクセスすると、より詳しいことが分かる。よく読むと、狂言とオールドパーとの共通点を知ることができ、そこから「飲んでみようかな」と思ってもらえるかもしれません。
言い切らずに余韻を残す 隙間が行動を起こさせる仕掛け
──新聞とウェブでは発信の仕方を変えました。
同じ事実を伝えるにしても、メディアによってビジュアルや切り口は変えています。ユーザーが欲している情報や、見る人のタイプが違うからです。一つのコンテンツを活用しつつ、表現の仕方をアレンジして提案しています。それは様々なメディアを展開する朝日新聞グループの役割であり、求められていることだと思います。
心がけていることは、広告を見るだけで完結させないこと。行動を起こさせる仕掛けを盛り込むための「隙間」をつくることが重要だと考えています。たとえば、カッシーナ・イクスシーのリニューアルオープンを告知するタブロイド判・エリア広告特集の表紙には、俳優一家である柄本明さんの家族写真を掲載しました。カッシーナの家具でしつらえたセットで撮影したのですが、裏表紙には人物のいない空間写真を掲載。その同じセットを店舗に用意し、「期間限定で家族写真が撮ることができる」というキャンペーンを実施しました。これまでカッシーナを購入したことがない方々にも来店してもらいたい、というクライアントのニーズに応えることができました。
ウェブやSNSで情報を発信する上で学んだことの一つは、「言い切らないで余韻を残す」手法です。たとえば、クールビズではポロシャツがいいのか、ノーネクタイでシャツがいいのか。その答えを断言してしまったら、「アエラスタイルマガジンを読んで勉強になった」と完結してしまいます。そうではなくて、「山本はポロシャツがいいと思うのですが、みなさんはどのコーディネートがいいでしょうか。来店して投票してください。投票してくれた人の中からポロシャツをプレゼントします」というような企画にすることで、ようやく人は動いてくれる。今後は、そうした言い切らない表現や、提案した投げ掛けに対する解答をお店で知ることができるといったコンテンツが増えてくるのではないかと思います。それをどう仕掛けていくかは、今後の課題の一つです。
ヤマモトカンパニー 代表取締役/AERA STYLE MAGAZINE エグゼクティブエディター兼WEB編集長
1963年岡山県生まれ。『メンズクラブ』『GQジャパン』などを経て、 2008年に朝日新聞出版の設立に参加。同年、編集長として季刊誌『アエラスタイルマガジン』を創刊し、ビジネスマンのリアルな声に応える誌面をつくり続けている。2017年にはWeb版もスタート。現在は、エッセイ執筆やトークイベントなどを通じて、ビジネスパーソンや就活生にスーツの着こなしを指南するアドバイザーとしても活動している。著書に『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』(クロスメディア・パブリッシング)