2020年度の大学入試改革を目前に控え、経済産業省では「未来の教室」を始め、様々な教育関連施策を推進している。目指しているのは、課題を自ら設定し、それを解決できる力を養うこと。その具体的な施策内容について、経済産業省のサービス政策課長で教育産業室長も務める浅野大介氏に聞いた。
工業化社会に最適化した教育モデルから脱却し、課題設定・解決する力の養成を
──経済産業省(以下、経産省)は「未来の教室」を始め、教育に関わる施策やプロジェクトを推進しています。
学校教育は文部科学省、塾やスポーツ教室、音楽教室など、放課後の民間教育産業は経産省の管轄で、私が課長をしているサービス政策課が担当しています。経産省は、日本の経済や産業の繁栄によって、我が国の国民生活の本質的な豊かさを追求する役所で、日本人が世界の中で生き抜くために必要なことは全て手掛けていきます。そんな我々が今やるべきことの一つが、教育改革です。経産省と民間の教育産業がタッグを組んで新しい教育を構築し、子供たちのこれからの学び方を変えること。その大きなうねりをつくろうと考えています。
その理由は、今の日本の教育が、「工業化社会」に合わせた優れた教育モデルだからです。指導者が言ったこと、マニュアルにあることをみんなで忠実に実行し、クオリティーの揃った物品・サービスを提供する-工業化社会には最適な教育でした。しかし、これまでの工業化社会は終わり、今はAI (人工知能)やロボットなどによる第四次産業革命が起きています。要するに、これからの時代に適応した教育を作る必要があるのです。ただ、工業化社会にはベストマッチの、世界で一番とも言える教育を作りあげたからこそ、その枠組みを簡単には壊せない。とはいえ、日本経済が世界に後れをとっていることは事実であり、先延ばしにすることもできません。
──これからの教育で教えるべきことは。
課題を設定する力と、課題を解決する力だと思います。課題を自ら発見し、その解決に必要なオプションを選択し、まわりと連携をとりながらトライアンドエラーを高速で繰り返していく。そうした実行力は、企業ではもちろん、たとえば災害が発生して避難所が開設された現場など、臨機応変な対応が必要なシチュエーションでも欠かせません。
日本の教育には、可能性を感じています。長野県伊那市にある伊那小学校では、何十年も前から実践的な総合学習が行われています。豚や羊、鳥、野菜などを育てたり、みそやしょうゆを作ったりすることを軸に学んでいるんです。たとえば、しょうゆ作り自体は理科、記録をつけて発表することは国語、しょうゆの歴史を知ることは社会、といったように、遂行するプロジェクトを通して教科を横断的に学んでいます。もちろん、現行の学習指導要領の範囲内で行われていますので、他校でもやろうと思えばできることです。
──経産省は2018年1月から、教育改革に関する有識者会議として「未来の教室」とEdTech研究会を立ち上げました。
まずは今の日本の実力を直視し、その上で、過去の成功体験にとらわれず、時代の変化に合わせた新しい教育「未来の教室」の構築を目指しています。未来の教室のビジョンは、「学びのSTEAM化※1」「学びの自立化・個別最適化」「新しい学習基盤づくり」という三つの柱の実現です。
具体的には、伊那小学校で行われているようなプロジェクトベースの授業の中に、私どもが推進しているデジタル技術を活用した革新的な教育技法、EdTech(エドテック)を入れたいと考えています。理想は、プロジェクトベースで授業を進めながら、知識はEdTechを活用して効率的に学習すること。その実現のトリガーとなるのが、大学入試改革だと考えています。大学入試が探究型に変われば、高校生のうちから自分が将来やりたいテーマは何か考えるようになり、高校の教育だけでなく、塾などの教え方も変わっていくはずです。
※1 STEAM(スティーム)/ Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)・Arts(リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の頭文字を取った造語
学びのSTEAM化など目指す「未来の教室」 文科省とも連携、実証事業を全国の教育現場へ
──学びをSTEAM化が実現できれば、学びは楽しくなりそうです。
知識をインプットすることは大切です。ただ、たとえば数学も無味乾燥な数式だけを教えられても、やる気にならないですよね。その前に、解決しなければならない社会課題や、不思議なことや疑問に思うことなど、興味がわくテーマを見つけ、それを考える上で「この数学の知識が必要なんだ」と分かれば、学ぶことがもっと面白くなると思います。
──「未来の教室」は実証事業も行われています。
学校の教師や民間教育サービス、企業や大学の協力を得ながら、 STEAM学習プログラムの開発とそ のデジタルコンテンツ化を推進しています。たとえば、スマート農業をテーマにした中・高生向けのSTEAMプログラムでは、農業高校の圃場(ほじょう)や設備を活用した圃場の管理に必要なデータの取得や分析、自動化のためのロボット制作やプログラミングなど、数学や理科の教科と関連づけた学習プログラムを開発し、デジタルコンテンツ化を目指しています。ほかにも、MaaS※2による移動革命や、小学5年生の体育と総合の授業を合わせて「スポーツ科学」にする実証事業も行っています。
※2 MaaS(マース)/Mobility as a Service:様々な種類の交通手段を需要に応じて利用する一つの移動サービスに統合すること
──こうした取り組みをメディアが伝えていくことも重要です。
メディアの発信力は強いので、取材は可能な限り受けるようにしています。実証事業を行っている企業とともに、キャラバン隊を組んで各地域をめぐり、STEAM学習プログラムの体験会も行っています。教育がどう変わっていくべきか、現場の先生たちにイメージをつかんでもらうことが狙いです。先生たちは、生徒のためになると分かれば、納得してくれます。それと並走させてメディアからの情報発信も継続していくつもりです。
──教育改革は壮大なプロジェクトです。
学習指導要領が約10年ぶりに改訂され、2020年度より小学校から実施されます。外国語教育やプログラミング教育などを必修化するなど、大きく進化しています。全国の教育現場に浸透させることが重要で、私どもは、その実現を全面的にサポートしている立場です。逆に、「未来の教室」の実証事業についても、文部科学省に説明し、一緒にウオッチしてもらっています。
あくまでも、今の教育を批判しているわけではありません。工業化社会のフェーズではマッチしていたことは間違いない。ただ、今後様々なことがプログラミングされて自動化していく中で、人間に求められることは情報を編集してAIやロボットに指示を出すこと。AIと同じ次元で競っても仕方ないのです。新しい時代に向けて、教育も変えていく。その流れを文部科学省とも連携しながらつくっていきたいと考えています。
経済産業省 サービス政策課長・教育産業室長
2001年経済産業省入省。資源エネルギー(石油・ガス)、流通・物流・危機管理、知的財産、地域経済産業、マクロ経済分析等の業務を経て、15年6月より資源エネルギー庁資源・燃料部政策課長補佐(部内総轄)、16年7月より商務流通保安グループ参事官補佐(大臣官房政策企画委員)として部局再編を担当し、教育サービス産業室(現:教育産業室)を立ち上げ。17年7月より大臣官房政策審議室企画官、10月より教育産業室長を兼務。