スマホの普及によって、誰もがいつでもどこでも動画を視聴し、自ら発信できるようになった現代。メディアビジネスや企業コミュニケーションにおいても、動画コンテンツの重要性がますます高まっている。今後、企業やメディア、とりわけ新聞は、動画コンテンツとどう関わっていくべきなのか。読売新聞記者から初期のヤフーに転職し、「Yahoo!ニュース」育ての親として活躍。現在は大学でメディア論を教える、東京都市大学メディア情報学部教授の奥村倫弘さんに伺った。
──現在、新聞社が紙からデジタルへのシフトを進めるなか、動画コンテンツの制作・配信にも力を入れ始めています。そのような現状をどのように見ていますか。
ネットは紙媒体では扱えない動画や音声を無制限に扱えることが大きな利点なので、必然的な流れだと思います。とはいえ日本の新聞社は、良くも悪くもまだテキスト重視の伝統を引きずっています。例えばニュース動画の使い方などは、まだまだ記事を補足する写真の延長線上でしかないように思います。
いっぽうアメリカのクオリティーペーパー、とくにワシントンポストなどは動画を非常に上手に活用しています。アプリでもホームページでも、ぱっと開いたときに必ず動画の記事が何本か目に入ります。アメリカの記者は、もはや動画の撮影や編集ができないと一人前ではない、とさえ言われています。
──現在は記者に限らず、誰もがスマホを使って事件や災害の動画を発信できる時代です。
これまでは事件や災害が発生すれば、全国の支局に配属された新聞記者が現場へかけつけ、取材・撮影をし、ニュースとして発信してきました。でも今は、それよりはるかに早く、現場にいる一般の人が動画を撮影し、全国に発信できるようになりました。極端にいえば、誰もがジャーナリストになれる時代なのです。そうなると、新聞記者やジャーナリズムの存在意義、あり方自体が問われるようになります。
──ネットの世界では、“事実の一部分だけを切り取って伝えている” との大手マスメディアへの批判も根強くあります。
様々な出来事を、独自の価値基準で取捨選択し、ある視点から社会に発信することはジャーナリズムの重要な役割です。読者が時間をかけずに大事な情報を得られるよう、記者会見やインタビューなどを編集したり、要約したりすることにも意味があります。ただそれによって、“メディアが伝えたいところだけ切り取って報道している”との批判も生じかねません。そのような批判に応えるためにも、重要な記者会見やインタビューは記事とは別に全編を動画で公開し、読者が検証できるようにすることも意義があるのではないでしょうか。
──今は広告や企業コミュニケーションにおいても、動画コンテンツが重視されるようになってきています。
スマホとSNSの普及以降、ネット上のコミュニケーションや情報収集における動画の重要性は、年々高まっています。今、ネットのプラットフォーマーで一番勢いがあるのはユーチューブやアマゾンプライム、ネットフリックスといった動画系です。私が日頃接している学生も、たいてい複数の動画系サービスを日常的に利用しています。
そのような状況のなか、企業が広告やコミュニケーション活動において、動画を重視するようになるのは当然です。動画コンテンツの良さは、情緒に訴える感性的なマーケティングがしやすいこと。優れた動画コンテンツは、消費者の共感を生み出し、エンゲージメントを高めるうえで有効です。そのため今は、ツイッターやフェイスブックなどのSNS広告においても、動画の活用が勢いを増しています。
──企業やメディアが動画コンテンツを活用するうえで、大事なことはどんな点でしょうか。
自社サイトで配信するだけでなく、ユーチューブやフェイスブック、インスタグラムなど、拡散力のあるプラットフォームを上手く活用することです。動画コンテンツの効果は、自社サイトだけでなく、配信先の動画の再生数と合算して考えるべきでしょう。
とりわけネット時代にメディア企業やパブリッシャーがビジネスを拡大していくうえでは、その時点で一番勢いのあるプラットフォームを活用していくことが不可欠です。日本の新聞社は、Yahoo! ニュースやスマートニュースなどのテキストベースのプラットフォームだけでなく、ユーチューブなど動画プラットフォームに配信できる動画を、もっと増やしていくべきだと思います。
──雑誌や新聞などのメディアが動画コンテンツを制作する動きも広がっています。
世界的にミレニアム世代から絶大な支持を得ているアメリカのデジタルメディア会社「ヴァイス」も、ネットフリックスのドキュメンタリー番組などを積極的に制作しています。同社ではメディア事業と並び、動画コンテンツの制作が大きな事業の柱であり、売り上げの半分を占めていると言います。日本の出版社や新聞社が、既存のメディア事業を強化したり、コンテンツ産業としてのさらなる成長を目指したりするうえで、動画制作に注力する方向性は大いにあると思います。
ただこれからの時代、単に動画コンテンツを制作できるだけでは何の強みにもなりません。今や企業も自分たちで動画をつくり、オウンドメディアとユーチューブ、SNSなどで拡散していけば、あえてメディアに動画制作を依頼したり、動画広告を出稿したりする必要はありません。そのメディアにしかつくれない、圧倒的な特色やクオリティーを打ち出す必要があるでしょう。
──朝日新聞社には、どのようなことを期待しますか。
報道機関として、またイベント運営などで長年、培ってきたネットワークや信頼性は、動画コンテンツをつくるうえでも大きな力になるはずです。また昨年、傘下に加わった動画メディア「bouncy(バウンシー)」は、短い尺の動画で商品を魅力的に紹介する優れたノウハウを持っています。そのようなグループ全体の力を生かした、朝日新聞ならではの動画コンテンツの制作・配信、動画ビジネスの展開を期待しています。
東京都市大学メディア情報学部 教授
1992年、読売新聞大阪本社に入社。経済部などを経て98年にヤフー株式会社に転職。ヤフー・トピックス編集長、メディアサービスカンパニー編集本部長を経て、ウェブメディア「THE PAGE」の編集長に。2019年4月から現職。著書に『ネコがメディアを支配する ネットニュースに未来はあるのか』など。