「ニュース・オブ・ザ・ワールド(以下NotW)」と「ニューズ インターナショナル(以下ニューズ)」、そして「ルパート マードック」・・・歴史上稀(まれ)にみる盗聴取材スキャンダルが露呈して以来、この三つのキーワードを目にしない日はない。目下イギリスは、メディア業界のみならず議会や警察も巻き込んでの、文字通り「大騒ぎ」である。
NotW紙はメディア王マードック傘下にある英国老舗(しにせ)の日曜大衆紙で、1843年創刊。スキャンダルが露呈する直前までは約260万部を誇る日曜紙の雄であった。大衆紙の性格上、扇動的な記事や取材方法が問題とされていた新聞ではあるが、今回は殺人事件の被害者や政財界、芸能界そして王室までもが盗聴の対象だったとして、一大スキャンダルに発展。盗聴対象、その数はざっと4,000件以上。私立探偵を使った盗聴で、さらには警察の買収疑惑も重なり、あっという間に廃刊となった。その後もニューズ社幹部やロンドン警視庁のトップが引責辞任するなど、事態は日々ドラマチックに進展している。
個別の内容は日本でも報道されているので割愛するが、本件が露呈してからの広告主の動きは早かったと思う。露呈直後の広告業界の雰囲気は「静観」であったが、この期間は極端に短かった。この盗聴がとある誘拐事件の捜査に大きなマイナスを与えたとされたあたりから、フォード、コカ・コーラ、地元携帯電話会社O2などが一気に広告出稿を取りやめた。ちなみにNotWへの直近の出稿量上位に名を連ねていたのはBSkyB(ニューズ傘下の衛星TV)、Everything Everywhere(在英の携帯販売ネットワーク)、P&G、O2、TESCO(米国資本のスーパーマーケット)などで、日系企業でいえばトヨタ(36位)、スズキ(49位)も名を連ねていた(ガーディアン調べ)。
BBCを筆頭にNotWの廃刊が噂(うわさ)された直後から「きっと大衆紙ザ・サンの日曜版とかにブランドを変えてすぐに穴を埋めるでしょう、マードックなら・・・」と揶揄(やゆ)されたが、ニューズ社はこの時点でこれに類するオンラインドメインを登録済みだったし、実際新しい日曜紙発刊の動きは進んでいる。広告業界にも「広告主には日曜狙いのクライアントも多く、その意味ではNotWに投下していた予算を割り振る媒体が生まれることは歓迎」という声があり、実際にそのようになるであろうと踏んでいるようだ。
いまだスキャンダルの収まらない中、NotWの電撃廃刊から1週間が経過した7月16日には、マードックのサイン入りの謝罪広告がタイムズやガーディアンなど英国主要紙に一挙掲載された。これに先立ち、ガーディアン電子版は前日(15日)の16:30には入稿された原稿を使って記事をリリース。トンボ入りの入稿プルーフをそのまま掲出するなど、これはこれで広告に携わる人間としてはかなり衝撃的であった。いくら事件とはいえ、広告掲載のための守秘義務もあったものではない。
廃刊を迎えた10日の夕刻にはNotW社から出てくる誇らしげなガッツポーズの社員の姿が一斉に報道された。「我々は100年以上の長きにわたって歴史を刻んできた」と代表はコメントし、実際最後の紙面も、謝罪の文字はあるものの、大々的にこれまでの“スクープ“を振り返るあしらいだった。この状況でとてもガッツポーズなど・・・と思うのはやはり日本と英国の文化の違いか、最終号は通常の約1.5倍、実に400万部を売り上げている。広告スペースはすべて慈善団体やチャリティー関連に提供されていたが、この廃刊号の売り上げすべてがその類の団体に寄付されるそうである。 この問題、当分収束しそうもなく、日々の情報から目が離せないでいる。
(広告局ロンドン駐在 林田一祐)