12月ともなると一気にクリスマスムードが高まるロンドンだが、今年はいきなり雪が降り、街中大混乱。ヨーロッパ大陸と英国を結ぶ高速鉄道ユーロスターはやむなく運休し、ロンドン近郊のガトウィック空港も閉鎖した。パリやスコットランドはこの比ではなかったというが、12月に降雪というのは、ロンドンでは珍しいのだそうだ。そしてその後しばらく落ち着いた天候も、クリスマスを前に再び大雪。ホワイトクリスマスというロマンチックなものとはほど遠いホリデーシーズンとなった。

　そんな冬の訪れが話題となる一方で、今月もイギリスがニュースに登場する機会は多かった。まずはウィキリークス編集長アサンジュ氏の逮捕劇。こちらはいまだ経過が見守られている状況だ。

　そして11月から続く大学授業料値上げ反対のデモ。こちらはチャールズ皇太子夫妻が乗った公用車が、ロンドン市内で襲撃を受けたことで注目を浴びた。その日は昼間からデモがヒートアップしており、けが人が続出、トラファルガー広場のクリスマスツリーが燃やされるなど大変な事態となっていた。そして、夜半になってロンドンの繁華街ピカデリーサーカス付近を走っていた夫妻の車が、暴徒化したデモ学生らによって襲撃された。ペンキが投げつけられ、ガラスが割られたものの、幸い夫妻にけがはなかったようだ。なぜ彼らがターゲットになったかというと、この値上げ法案が上院を通過すると最終的に女王陛下のサインを持って制度化されるからだ。この騒動は各国メディアや動画サイトなどで広く報道される結果となった。

　“暴力ざた”つながりという訳ではないのだが、12月には「暴力」を逆手に取った珍しい広告が掲載された。
８日付のフィナンシャル・タイムズとインターナショナル・ヘラルド・トリビューンに掲載されたもので、広告主はスイスの有名時計ブランド「ウブロ（HUBLOT）」。スマートでスタイリッシュな商品広告の上には、ボコボコに殴られ傷ついた老紳士の顔が配されるという異色のデザイン。何を隠そうこの方、イギリスの実業家でＦ１界の重鎮、バーニー・エクレストン氏（80）である。
Ｆ１のテレビ放映権など商業面一切を仕切る有名人だが、彼がロンドン市内で４人組の暴漢に襲われ、時計や宝石などおよそ2,600万円を奪われた上に、殴る蹴るの暴行を受けたのが今年11月。その際奪われた時計というのが、Ｆ１の公式時計ブランドであるウブロ社製の一品だった。エクレストン氏は悲惨な状況の中で、自らの顔写真を携帯電話で撮影。親しい間柄のウブロ社社長へ送ったらしいのだが、今回掲載された広告では、この青あざや傷痕も生々しい写真がそのまま使用されたとのことである。
当然、この広告は掲載されると瞬く間に業界誌やネットで取りあげられ、話題に。さすがＦ１界のドンと呼ばれる豪傑、殴られても傷ついてもタダでは起きないずぶとさである。タイムズ紙のインタビューに同氏は、「私は私を襲った暴漢たちに警鐘を鳴らしたかったし、何か違ったかたちで人々に伝えるべきことだと思いました。彼らはクリスマスが近づくこの季節、貧しさのあまり私を襲ったのでしょうし、子どもたちに何かをあげたかったのでしょう。でも彼らがやったことは、すべきことではなかったのです」と答え、そのアプローチとして盟友ウブロの力を借りたというわけである。メディア各紙は「強盗はエクレストンの時計は盗めても、彼のユーモアセンスは盗めなかった」（タイムズ）といった見出しでこのキャンペーンを紹介しているが、彼のこのセンスとしたたかさには脱帽である。
そして、パートナーとなったウブロも英断を下したといえる。今回掲載された広告のコピーでは「人々がウブロ（社の時計）のためにやったことを見てください。2010年11月25日　バーニー・エクレストン（サイン入り）」と掲げ、その下には「ウブロはいかなる暴力、そして人種差別を認めないと宣言します」のメッセージが盛り込まれた。まさに“体を張った”究極の企業広告となっている。

　ちなみにこの広告、クオーターサイズでの展開だったが、フィナンシャル・タイムズ紙が掲載したのはワールドニュース面。同載された記事はなんと「歌舞伎界のプリンスのけんかに席巻される日本」という見出しで、写真付き。言うまでもなく歌舞伎の市川海老蔵の一件だが、写真には今夏行われたロンドン公演の際の艶（あで）やかな海老蔵の姿が。日本人にとってはなんとも言えない皮肉な組み合わせであった。「決して狙ったわけではないだろうが……。いや狙ったとすれば、編集と広告の交渉はどのように！？」……こんなことを考えるのはある種の職業病かもしれないが、このキャンペーン、最後までまさにタイムリーでインパクト大だった。

（広告局ロンドン駐在　林田一祐）