タイムズのウェブ課金とその後

 ロンドンの夏はとにかく短い。8月も半ばを過ぎれば朝晩はすっかり秋の気配を漂わせ、薄手のコートを手に出勤する女性も目につきはじめる。8月いっぱいはサマーホリデーまっただ中だったので、欧州各国をはじめ世界中から観光客が訪れている。不案内な人が多いためか、普段より地下鉄の乗り降りが面倒なものの(日本のように混雑すると、順に中に詰めて乗るという感覚がない!)、いつにも増して様々な言語が耳を通り過ぎていく感覚は新鮮であった。

  さて、今回の話題は英国を代表する新聞、タイムズのウェブ課金開始とその後である。去る7月2日から本格的なウェブ課金(ペイウオール)に踏み切ったタイムズ(サンデー・タイムズ含む)について、1カ月余りを経過して大方の分析は「つまずいた」という見解になっている。もちろんこれはタイムズ以外からの分析であり、タイムズのオーナーであるマードック氏が発言したわけではない。ただ、彼をはじめ関係者があまり多くを語らないところを見ると、あながち間違ってはいないようである。

 課金開始から約半月たった7月半ばに、英国の有力紙ガーディアンが掲載した分析記事は、掲載されるや否や瞬く間に業界誌やウェブに転載・引用され、いまのところもっぱらそこで示された数字がスタンダードになっている。数字を紹介すると、まず「有料購読をはじめた読者は、課金スタートを前に個人情報を登録した読者のうちの25.6%」(調査会社Experian Hitwise調べ)と、激減している。ガーディアンはさらに「6月時点ですでに読者離れは起こっていたはず」と分析。本年2月時点でのABC部数などを用い、最終的には「90%のネット読者を失った」と見出しに打っている。この計算がかなり難解で、個人的には「90%」というのはいささか乱暴すぎる数字に過ぎると思うのだが、実際私の周りでも「タイムズのウェブサイトは見なくなった」という声が少なくない。このことからも、ページビューが急落したのは事実であると推察される。

 一方、この時点でのタイムズ関係者から示された数字は「課金開始までの事前登録数15万件、そのうち課金に応じた数は1万5千件」というものだけなので、状況は厳しいことがうかがわれる。ちなみに、先行して課金を施しているフィナンシャル・タイムズ(以下FT)など他紙のサイトでは、人気の記者ブログに関しては無料(課金対象外)のケースが多いが、タイムズについてはこれらのブログも課金対象になっている。また広告主提供の特集記事も対象外にしているケースが多いが、タイムズは、すべて課金の「壁」の中に置いてある。

 そのような理由で、広告関係者の間では、FTのように部分的に課金を行うのではなく、コンテンツすべてを課金対象にしたことも“つまずき”の一因という声も聞かれる。また、全面課金が始まる直前にサンデー・タイムズの編集長がBBCのインタビューに応じているが、その時点で気弱な発言をしており、最初からネガティブな雰囲気があったのも事実だ。今のところその予想は当たっていたといえよう。

 では、この課金の影響でページビューが急落したとことを、広告会社や広告主はどのように見ているのか。広告に携わる者としては気になるところが、これについては先日、次のような記事が紹介された。
 8月半ばにインディペンデント紙などに取り上げられた内容だが、トータルページビューは7月を6月と比較した場合、約45%に急落。ページごとの閲覧時間も5月時点で7.6分だったものが6月に5.8分、7月には4.0分へと着実に減少しているという内容(ComScore調べ)。同じデータをもとに業界誌『メディアウィーク』には大手広告会社および関係者の声として「広告媒体としての価値を見極める必要がある」「媒体側はきちんとしたデータを公表すべきだ」といった趣旨のコメントを掲載している。

 この1、2カ月で結果を判断するのは早計かとは思うが、早い段階でデータを示す必要があるのは正論であろう。我々としても今後の動向が気になるところで、ウェブ版課金にともなう通常版の部数動向や広告主動向など興味は尽きない。世界中のメディアが注目した今回のペイウォール、今後の動向を注視したい。

(広告局ロンドン駐在 林田一祐)

「タイムズ」のウェブサイト ウェブ課金導入画面

「タイムズ」のウェブサイト ウェブ課金導入画面