英国3D事情

 これまでの興行収益を塗り替え、今年のオスカーでも話題となった映画「アバター」の歴史的な成功以来、世界中で3Dブームが起こっている。軒並み大作映画が3D公開になっているのはもちろん、テレビや雑誌、ゲーム、モバイルといったあらゆるメディアで3Dへの着手が進んでいる。

 イギリスでも事情は同じ。テレビのオーディション番組から飛び出したスターが出演しているという地元ネタも手伝い、英国産の初フル3D映画となった「ストリート ダンス 3D 」は、同週公開のハリウッド・メジャー大作に大差をつけ、249万ポンド(約3.3億円)の興行収入をたたき出した。興行収入1位でのデビューを果たし、フランスでも大ヒットしているという。雑誌では、アメリカで「プレイボーイ」が、5月半ばには地元男性誌「ナッツ」や「ズー」がこぞって3D特集を発行。いずれも、購入時についてくるメガネを使えば、ウェブ版でも3D体験ができるという仕掛けで、雑誌をアピールした。

 新聞はどうかといえば、今年3月にベルギーの仏語紙「ラ・デルニエール・ウール」が欧州の新聞では初の3D特集を組み、通常、8万数千部のところを11万5千部に増刷したという。残念ながら同紙は、技術的にもコスト的にも継続的なものではないと発表したが、その後、中国やアメリカでも3D特集を冠した新聞が発行されている。英国では、大衆紙「サン」がワールドカップ直前の6月5日(土)に大々的に3D特集をうたった特別号を発行した。サン紙は、メディア王ことマードック氏傘下の媒体だ。同じくグループのスカイスポーツがワールドカップを3D放送するとあって、1カ月以上前からのプレスリリースやプロモーションを展開。さらには地元紙「ガーディアン」が事前の取材記事を掲載するなど、かなり注目を集めていた。
 そもそもサンは、英国で最大部数を誇る日刊紙で、約296万部を発行している(2010年4月、ABC数字)。「タイムズ」が約51万部、「ガーディアン」が約29万部なので、「サン」が大衆紙といわれるゆえんだ。今回の試みではどのようにメガネを配布するのかにも興味がわいたが、週末発行だったことで、別刷りや付録を同梱したビニールパックを挟み込んで、店頭やスタンドに並んだ。3Dコンテンツは、同紙が得意とするカジュアルな内容で、女性モデルや動物、エンターテインメントものの写真を3D化。付録としてFIFAワールドカップの“3D”対戦表を目玉とした。残念ながら前者は、紙質の問題もあり、期待したほどの立体感が得られなかったが、後者の付録は上質紙に刷っていることもあって、イングランド代表のスター選手の表情などが詳細に見て取れ、ブログやツイッター上でもなかなか好評だったようである。通常よりも高い料金で販売されたという3D広告は、映画や格安航空会社、キッチン商品などに限られており、事前の評判ほどではないという印象を持った。

 イギリスは日本と違い、日刊紙も別刷りや付録が多く付いてくる週末とそうでない平日とでは価格が異なるし、日曜発行の週末新聞も幅を利かせている。「サン」の場合、平日は20ペンス、土曜日が50ペンスであるが、週末には、各紙ともCDやDVD、新刊小説など充実した付録を同梱して発行。ラジオや駅張りなどでも事前に告知をし、購入を促している。その意味では、今回の3D特集も、メガネや対戦表、特定の店で購入した場合「サン特製ブブゼラ」をプレゼントといった付帯キャンペーンも、通常の戦略の延長といえなくもない内容だった。ただ、特別の広告料金を設定したり、テレビでも流用できるグッズ提供の仕組みを作ったりしたこと自体は特筆すべきものであったといえよう。今のところ、今回の取り組みで飛躍的に部数が伸びた、あるいは継続的に3Dを使用するというような話は聞こえてこないが、世界中が3Dに熱視線を送る中、話題提供には事欠かなかったと思われる。

 ちなみに……これは手前みそだが、朝日新聞は2007年1月に3Dマルチ広告特集を夕刊(大阪本社版のみ)で発行。広告を3Dでジャックし、当時かなり話題となった。今回改めて見直してみたが、日本の印刷技術の高さを再認識したしだいである。この原稿を書いている最中にも3Dゲームや3Dパソコンといった戦略商品の発売がニュースとして発表され続けている。今やあらゆる業界が注視する“3D”。それぞれの業績にどの程度“立体的に”貢献をもたらすのか、今後が注目される。

(広告局ロンドン駐在 林田一祐)

英国でも次々と展開されている新聞や雑誌の3D広告

英国でも次々と展開されている新聞や雑誌の3D広告