英国では、テレビ番組の放映後、放送局がパソコンに限りオンデマンドで無料配信するサービスが定着しつつある。筆者自身、英公共放送のBBCが2007年に立ち上げた「iPlayer」で、見逃した番組や、DVDで録画し忘れた番組をパソコンで楽しむ習慣がすっかり身についた。しかし、机上にあるパソコン画面よりは、ソファでくつろぎながらテレビで同じように見られたらなあ、と思っていた。
そんな中、英国ではテレビにインターネットで番組を配信し、視聴できるインターネットテレビを次世代サービスとして開始するかどうか、業界を挙げた議論が佳境を迎えつつある。2009年2月に発表された「プロジェクトキャンバス」がそれで、BBCが核となり民放のITV、FIVE、さらに通信最大手のBTや携帯電話会社TalkTalkが現在、参加を表明している。
プロジェクトの推進側は、インターネットテレビを新しいメディアのかたちとして一気に普及させて業界標準を確立し、ビジネス機会の創造につなげたい考えだ。このプロジェクトは、現在英国で広く普及している地上デジタル放送「Freeview」のモデルを参考にしている。すべての番組プロバイダーに次世代サービスのプラットホームを解放し、プロバイダーは配信コンテンツや視聴料金を自由に設計できる。200ポンドほどする受信装置をテレビに据え付ければ視聴が可能となり、いずれの電機メーカーも受信装置の新規市場に参入できる。BBCほかは早ければ年内のサービス開始を目指している。
「プロジェクトキャンバス」が現実のサービスとなるかは、政府の諮問機関であるBBCトラストによる審議の結果次第だ。BBCは公共放送のため、視聴者が受ける便益と民業への影響を検証する必要があるのだ。実際、スカイやヴァージンメディアなど有料デジタルテレビ各社は既存の民業を圧迫するとして、強く反対を表明している。昨年6月の段階でBBCほかが提出した構想案は、細部について説明不十分としてBBCトラストは承認しなかった。だが、昨年末に計画書が再提出され、審議結果が近日中に出そうな気配だ。
広告業界への影響は必至だ。番組ごとにセグメント化された視聴者を、効率よくターゲティングする手法を開発すれば、広告主の要望に細かく応えることができる。さらに、インターネットテレビが普及し視聴者数が増えれば、到達可能なターゲット数自体も増え、広告媒体としての価値も十分高まる、というのが参加を表明するITV、FIVEの考え方だ。一方、広告関係者の間では、賛否両論真っ二つに分かれている。有料・無料配信の区別、広告露出の手法など、新たな広告商品を具体的にどう開発するのか。様々な可能性に期待が寄せられているが、現状では計画に不透明な部分も多く、メディアビジネスにかかわる広告業界の声にもっと耳を傾けるべきだ、との懸念も強い。
テクノロジーが牽引(けんいん)し、新しいメディアのかたちが次々と現れる。やはり、新しいプラットホームをいち早く手中にしたものが、メディアビジネスで競争優位に立つのか。「プロジェクトキャンバス」の行方に学ぶことは多いに違いない。
東京本社に帰任するため、「TAKAの海外見聞記」は今回が最終回です。これまでご愛読いただき、ありがとうございました。
(広告局ロンドン駐在 川田直敬)
「プロジェクトキャンバス」でイニシアチブを取るBBCの本社