不況と消費と広告

 夏のロンドンのバーゲンセール。不況の影響か、今年は例年より2、3週間前倒しで6月の中旬からゴングが鳴った。
 予想に反して、街中のショッピング通りを歩くと、本当に不況かと首をかしげたくなる光景が飛び込んでくる。高級百貨店セルフリッジの前には、お値打ちのブランド品を求めて長蛇の列ができ、また繁華街のオックスフォードストリートは身動きが取れないほどの込み具合だ。リーマンショック以前と何ら変わらない活況が、ロンドンの街にはある。不況の最悪期を脱し、景気回復のきざしが見えてきたようにも感じる。
 しかし、英国産業同盟(CBI)が市街ショッピングエリアの小売店を調査した報告によると、2009年7月前半で昨年同時期より売り上げを伸ばした小売店は25%、前年比マイナスと回答した店は61%に上った。このプラスとマイナスの開きは1983年に調査を開始して以来、最大と言う。また、失業者は現在250万人ほどで、過去14年間で最悪の状況だ。
人は街に出ているが、どうやら財布のひもは固いままのようだ。収入減により生活防衛を考えざるをえない環境は、程度の差はあれ皆同じだ。バブルに酔いしれた1、2年前の良き時代を忘れられず、お金を以前ほどは使えないものの、多少は買い物をし、バーゲンの雰囲気も味わいたいという人々で街はあふれている、といったところだろう。

 買いたい物はあるが、使えるお金は少ない。そんな消費者を引き付けるために、手っ取り早く価格勝負にいどもうとする小売店が目立つ。ロンドン市内のハイストリートに加え、現在激しい価格競争を繰り広げているのがスーパーマーケットだ。英国ではいくつかの大手チェーン店が全国展開しているが、不況前は、消費者のロイヤルティーを高めるために、良質な品ぞろえや食の安全を追求するといった企業姿勢を訴求していた。しかし、ブランディングを重視していた各社は今、価格訴求型のアプローチを全面に打ち出している。
 マーケティングコンサルタントのコーン&ウオルフ社の調査によると、69%の消費者がかつて購入していた有機野菜・食肉より割安の食材を求め、61%が環境にやさしい商品より価格の安い商品を今後も購入すると回答している。各社の「良い商品を安く」の戦略は、確かに合理的といえる。その努力の成果か、スーパー各社の今年6月の売上高は前年同月比8%前後増加し、好成績を収めている。

 スーパー各社が出稿した新聞広告から、各社のマーケティング戦略を見てみよう。
 英国では、全国紙の広告収入の約4分の1を小売店の広告が占める。80%もの広告が同業種から掲載される日もあるといわれる。スーパー各社は、旬で目玉の商品を広告紙面で取り上げ、シンプルに価格を打ち出している。そして、明解なキャッチフレーズを繰り返し使用することで、「不況下でも良質な商品をお値打ち価格で提供し続けます」という企業姿勢を訴求している。 
 「1ペンスでも良質なものを」(マークス&スペンサー)
 「どんなささやかなお手伝いでも」(テスコ)
 「今日新しい何かをお試しください」(セインズベリー)
 「プライス・クランチ」(モリソンズ)
 極めて直裁的でシンプルなクリエーティブだが、不況下のマーケティング戦略としては、端的に消費者マインドに刺さるという意味で、有効ではないか。

 価格訴求型の消費刺激策は、しばらく続くだろう。ただし、この流れが続いた結果、これまで以上に良質な商品を安く手に入れることに慣れた消費者の購買行動に、何か根本的な変化が見られるのかもしれない。目も肥え、価格にも敏感な消費者を相手にする小売店各社の販売戦略にも、何か節目が来るのではないだろうか。動向を見守っていきたい。
(広告局ロンドン駐在 川田直敬)

セールでにぎわうオックスフォードストリート セールでにぎわうオックスフォードストリート