カンヌ国際広告祭に参加してきた。広告祭では、受賞作やセミナーを通して新たなメッセージが発信され、今年のメッセージが何かを探るのは、参加者にとってひとつの醍醐味(だいごみ)だ。私も提供される多くの情報から、キーワードを拾い出そうと試みた。
今年のカンヌを象徴したのは、「PRライオン」の創設だ。事務局広報部長のアマンダ・ベンフェル氏は、新設した意義について「カンヌはもはや単なる広告祭ではなく、コミュニケーション祭だ。PRの重要性については業界の方々とここ数年間話し合っていた。今年こそは『PRライオン』の立ち上げを、と思っていた」と語気を強めた。PR活動を通じて、個人・企業・団体と世間一般との間で信頼関係を構築し、相互理解を進めることに貢献した、創造的なアイデアを顕彰しようというわけだ。
なるほど、絶好のタイミングか、とうなったのは、オバマ米大統領の選挙活動を統括したデービッド・プラフ氏のセミナーを聴講してからだ。プラフ氏は1990年代より、数々の大統領・州知事候補者の選挙運動を手がけてきたストラテジストだ。
プラフ氏はオバマ氏の選挙活動を、「デジタル技術と草の根運動を融合させた点で、アメリカ政治において歴史的だった」と振り返る。票を得るためにオバマ・ブランドを構築、オバマ候補を「支援者コミュニティーのオーガナイザー」として中心に据えた。従来のマスメディア広告の力も活用しつつ、web2.0時代さながらデジタル技術を通じて支援者コミュニティーを広げ、コミュニケーションの深さも追求した。
TVコマーシャルも大胆に利用した。激戦区では2分間CMを繰り返し流し、選挙運動の最終日には30分のCM枠を買い取った。強調するのは、「何よりも重要なのは、信頼(authenticity)を勝ち得ることだ。国民は、うそには非常に敏感」という点だ。音も専門用語もグラフも一切使用せず、オバマ候補が飾ることなく毅然(きぜん)と公約を語り続けるクリエーティブを採用した。投票前のブランドロイヤルティーを確立するのに決定的な役割を演じた。
メールや動画サイトの「ユーチューブ」「マイスペース」といったソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)も大いに活用した。大統領選挙の鍵を握るとされる無党派層・政治的無関心層を取り込むために、個々人に直接接触することを重視し、選挙期間内に10億通のメールを有権者に送信するなどの行動を起こした。オンラインは政治献金の募集にも貢献し、同氏によると計400万件、5.8億ドル(約580億円)が支援者から寄せられたという。全体の91%が個人による平均85ドルほどの小口献金だった。
プラフ氏は、マスメディアやメール、SNSと多様化したチャネルを通し、伝えるメッセージがきちんと整合性がとれているか、腐心したという。景気対策といった国民共通の関心事はさておき、エネルギー問題といった州個別の政治的課題については特に気を遣い、「人と人が話し合う」という視点に常に立ち戻りながらキャンペーンを実施した。今後のブランディング活動のあり方を、示唆しているように聞こえた。
カンヌ・ライオン会場で公演するデービッド・プラフ氏
実際、オバマ氏の大統領選挙キャンペーンがいくつかの賞を受賞した。中でもユニークなのが、ユダヤ人教育研究協議会(Jewish Council for Education & Research)が実施した「The Great Schlep」キャンペーンだ。PRライオンのほか、ダイレクト・ライオン、サイバー・ライオンの金賞も受賞した。担当したのはカンヌほかD&ADなど国際広告祭で受賞を重ねてきた広告会社、ドゥロガ5。激戦区となったフロリダ州で票を稼ぐため、同州在住のユダヤ人を説得、彼らの孫を草の根で動員する作戦だ。黒人候補を敬遠しがちな保守的な祖父母に対してオマバ候補について説明してもらう。「かわいい孫がわざわざ遠くから遊びに来てくれるのなら」という祖父母の愛情をうまく利用した。なかなかの知恵である。
キャンペーン用にウェブサイトを立ち上げ、オンライン上の動画で参加を呼びかけた。多くの若者が、祖父母に会って説得するために全米各地からフロリダに飛んだ。彼らはトーキング・ポイントと呼ばれる「あんちょこ」を片手に、オバマ候補の経歴や公約について語った。キャンペーンはCNN、ニューヨーク・タイムズなど多くのメディアにも取り上げられた。結果400万人が協議会の動画を閲覧し、「あんちょこ」は120万回以上閲覧もしくはダウンロードされた。フロリダ在住のユダヤ人からの得票数は民主党候補として過去30年間で最高となったという。
デジタル技術が進展し、広告主と消費者をつなぐ情報チャネルが多様化した。ブランディングの手法も必然的に変わらざるを得ない。そんな中で、現実を直視し、一度すべてをリセットし近未来のコミュニケーションをとらえ直そうという議論が多くを占めた。消費者を動かすために積極的にPR活動をしかけ、従来の広告活動にさらに厚みを加えたい。広告業界にとっては実に難しい時代に突入したが、今年のカンヌはオバマ氏にちなんで「Yes, we can」とのメッセージを送りたかったのかもしれない。
(広告局ロンドン駐在 川田 直敬)