番外編 地域の特産弁当、イノシシ対策……コミュニティーと学生たちがコラボ

 8月の初め、滋賀県長浜市を訪れた。琵琶湖の北西岸。戦国大名、浅井氏の城跡のある小谷山のふもとの田根地区は、緑の水田が広がりため池が点在する湖北の集落だ。ここに国内外の大学生らが集まり、地元コミュニティーとワークショップなどで交流活動をしていると、帰国前にMITメディアラボの学生から聞いていた。

 ワークショップの会場は地域の公民館。70人を超える学生が、前夜から地域の家庭にホームステイしたり、交流所の和室で合宿して週末をこの田根地区で過ごす。

 公民館でのワークショップを企画したのは、同志社大学の工学部やMITの学生らが中心となった「SoHub(ソウハブ)」というグループだ。デザインやものづくりを通して、地域の問題解決を一緒に目指そうと活動している。参加した学生たちは同志社大学、京都精華大学、京都大学など関西勢が多いが、東京大学や日本でインターンシップ中のMITの学生のほか、社会人になっても続けて参加という若者もいる。

※画像をクリックすると拡大して表示されます。 車座になってグループワーク 車座になってグループワーク

 1日目のワークショップは地域の特色を生かした弁当作り。中身、ロゴ、パッケージのチームに分かれてアイデアを競う。弁当を通して田根のどんなところをアピールしたいか、それを表す食材やデザインは何かをブレーンストーミングをして付箋(ふせん)紙に書き込み模造紙に張り付けていく。エレベーターピッチと呼ばれる、数分でのアイデア提案の後、ポスターセッションで共有するという段取りだ。地元からは、郷土料理の鮒ずしを漬けた後の「飯」を使ったお菓子づくりなどをしている料理研究会の会員や健康推進委員も加わりグループワークが始まった。素材として獣害対策で捕獲されるイノシシやシカの肉の活用も話し合われた。

イメージを発表するインターン中のMITの学生 イメージを発表するインターン中のMITの学生

 地区内の別会場では慶應義塾大学が中心となって、地元の高校生との家具作りワークショップも開かれていた。「こんなに若い人が集まって、今日は一気に地区の平均年齢が下がったなあ」と地元の男性はつぶやいた。14の自治会が構成する田根地区は559世帯、人口1,720人。65歳以上の人が占める高齢化率は約32%と全国平均や滋賀県の平均と比べても10%ほど高い。新幹線のとまる米原から在来線で駅5つしか離れていないが、人口流出で空き家が増えつつあり、再生利用可能な空き家だけでも40軒を数えるという。

 この田根地区と大学の研究室との縁をつないだきっかけの一つも空き家だ。2007年に慶大の小林博人研究室による地域づくりの活動と、MIT建築・都市計画学科の神田駿教授の研究グループとのワークショップをホストしたことで研究者や学生とのお付き合いが始まった。慶大は地域の古民家を研究拠点として提供を受け、地元産の杉材を使い改修作業を続けている。さらにMITの大学院生がフィールドワークのために滞在したり、MITから日本にインターンシップにやってくる学生と地元の交流を深める合宿が開かれる中、ものづくりプロジェクト「SoHub」も加わった。小型水力発電のプロジェクトや、四季を通じて学生たちが農作業に訪れ、酒米を作って清酒にするプロジェクトなど、参加者のネットワークがどんどん広がってさまざまなスピンオフプロジェクトが動いている。

地域づくり協議会代表理事の川西章則さん 地域づくり協議会代表理事の川西章則さん

 改修された民家で開かれた夕刻の交流会には、地元の住民、慶大チーム、「SoHub」ワークショップ参加者に加え、昼間は小谷城跡に登っていたMITの建築学科チーム、京都の建築家らも合流して170人を超える大宴会となった。「いやいや、すごい人数だね」といいながら飲み物を冷やす水の世話をする女性たち。「去年よりもさらに参加者が増えたなー」とバーベキューの煙にむせながら、汗をぬぐって談笑する世話役の男性たち。

 8年目を迎えた交流活動を支えるのは、「何かアクションを起こして地域再生につなげよう」という田根地区の地域づくり協議会を中心とした地元の熱意とパワーだ。ホームステイ先を手配し、複数のプロジェクトが進む大学、学生団体とのパイプ役を続け、住民を巻き込んで運営していく。国内だけでなく海外の大学生も受け入れるという多様性に対する柔軟さ。昔から京へ上る入り口として商人や武将が行き交った近江の地ならではの風土だろうか。

 2日目のワークショップは継続的なテーマとなっている獣害対策のグループに参加した。工学部の学生や機械設計会社が前年のワークショップを踏まえ、イノシシ用の箱わなを軽量化した試作品、捕獲を確認するセンサーのシステムなどをプレゼンし、猟友会の人たちを交えて意見交換をした。イノシシに荒らされた水田、実際にわなを仕掛けたけもの道などの現場も確認し、何が必要かを確認しながらの議論。ユーザーセントリックデザイン(使う者が扱いやすいデザイン)の実践だ

獣害対策のワークショップ 獣害対策のワークショップ

 獣害問題の解決に何ができるのか。「便利な道具を考えてもらうのも重要。ただ、獣の数と猟師の数のアンバランスも獣害の原因の一つ。狩猟免許と登録証を取って、猟に参加してもらう方法はないかな。うちは『よそ者はだめ』なんてことは言わないよ」と猟友会の男性。「やってみたい」と一人の女子学生が手を挙げた。「狩りガール」候補生か?

 メディアラボが以前にデトロイトで行ったコミュニティープロジェクトで、学生が頭で考えて作ろうと準備していったものと、住民が必要を感じていたものに隔たりがあったと伊藤穰一所長が話していたのを思い出した。課題解決のための現場の意見の聞き取りやキャッチボールの大切さを痛感する。

清酒「美田根」の材料になる酒米「五百万石」(右手前) 清酒「美田根」の材料になる酒米「五百万石」(右手前)

 滋賀県の小さなコミュニティーと2つの大学とのつながりが、8年かけて多くの学生や住民のリアルなつながりとしてネットワークが広がっていく。「キノコ狩りの頃にまた帰っといで」と声をかけられ笑顔で帰る青年たち。田根地区と同じような問題をかかえたコミュニティーは全国に存在し、首都圏の周辺部分にも増え始めている。その問題解決に「知」や「テクノロジー」そしてバーチャルとリアル両方の人のつながりを通して何ができるのか。メディアは何ができるのか。これからも考えるだけでなく、関わっていきたいと思っている。

 ◇「チャールズリバー便り」は今回をもって終了します。1年間お付き合いいただき、ありがとうございました。

 

大西弘美(おおにし・ひろみ)
大西弘美

取材・紙面編集の仕事を経て、デジタル事業に取り組み15年。2011年からデジタル事業担当。13年7月から1年間MITメディアラボ・シニアアフィリエイト。14年7月からテレビ朝日に勤務。
Twitter は @halemaumau_pele