Vol.9 メディアラボを子どもたちが占拠? スクラッチデー、親子200人がプログラミングを楽しんだ

MITメディアラボに子どもたちが続々 お祭り気分でワクワク

 土曜日のキャンパスはぐっと人が減る。いつもならフードトラックに学生や教員が列を作る道には、胸からはみ出すほどの大きなノートパソコンを抱えた少年やパソコン用のソフトバッグをたすき掛けにした少女が親たちとメディアラボを目指していた。

 5月17日に全世界で催された「スクラッチデー」。メディアラボも会場の一つとなった。プログラミングをパーツ化しブロックを組み合わせるようにしてプログラミングの基礎を体験できる子ども向けの学習環境がスクラッチだ。この日は世界54カ国、255カ所でスクラッチデーが開かれた。大学や中学、高校などコンピューターを使った教育に取り組んでいるコミュニティーなどが各地で催しを開いた。
  スクラッチはMITメディアラボで生まれた。ミッチェル・レズニック教授(ここから後は、ラボ内での普段の呼び名「ミッチ」と書かせていただく)が率いるライフ・ロング・キンダーガーデン研究室で開発され、いまもスクラッチを使った様々な表現に取り組む学生がいる。

 メディアラボ1階の玄関ホールには小学生たちがあふれかえっていた。会場は多目的ホールや講堂がある5、6階。6階のホールには風船で作ったゲートが設けられ、ボランティアにフェイスペインティングを施してもらった子らが集まり、さながらお祭りのような風景だ。
  3階の研究室からパレスチナ人の研究者、ダリヤが顔をのぞかせた。「ハイ!ヒロミ。なんかメディアラボが子どもたちに乗っ取られちゃったみたい。いい風景だよね。」
「たしかにいつもと随分雰囲気違うね。」
  秋学期のグループプロジェクトで一緒のチームを組んでいたリサが、スタッフTシャツでやってきた。ハーバード大の学生だが、きょうはスクラッチチームだという。

9歳の少女のテーブル バナナが「ミャー」マシュマロが「ゲゲゲッ」

 開会式では、舞台に上がった学生2人が「みんな、ようこそー!拍手とチアでまずみんなのエネルギーアップしよう」と会場の雰囲気を温める。さしずめ子ども向け番組の公開収録のノリだ。そして定番のアイスブレーキング、「みんな、お父さんもお母さんも、自分の周りにいる知らない人と今から2分間、自己紹介して」。日本人としてはいまだに戸惑うが、近くの女性と3人で紹介しあう。子ども2人をつれて初めて参加した人、3人の子どもと一緒にもう何度も参加しているという人。会場にはミッチ以外にも大学の著名な先生たちがたくさんいるのだが、日本のイベントにありがちな先生たちからの挨拶はない。ミッチもキャラクターTシャツを着て、知らない人が見れば誰かのおじいちゃん(失礼!)だ。
  次に子どもだけを5つのグループに分けて、昨年流行った歌「What does the fox say?」をもじり、スクラッチに登場する5つのキャラクターがなんと鳴くか「What does ×× say?」を考えてグループごとに発表する。子ども同士がすっかり打ち解けてきたところでセレモニーは終わり。あとは自由行動だ。

※画像をクリックすると拡大して表示されます。 「このマシュマロ、握ってみて」 Makey Makeyにつなげば、バナナやニンジンも鍵盤に 「このマシュマロ、握ってみて」 Makey Makeyにつなげば、バナナやニンジンも鍵盤に

 「Makey Makey」というコーナーをまずのぞいてみた。スクラッチと組み合わせて使うMakey Makeyキットをパソコンにつなぐ。そこにミノムシクリップでいろいろなものをつないで、キーボード代わりにてしてしまおうという仕掛けだ。電気を通すものであればOK。会場にはバナナやナスが用意された。電気を通さないものの場合はアルミホイルを張る。楽器ソフトと組み合わせると、つながれたバナナやナスが鍵盤になる。9歳の少女2人のテーブルにお邪魔した。バナナを受話器のように持つと「ミャー」と鳴く。次は電極につないだマシュマロをギュッと握ると「ゲゲゲッ」とカエルのような音たてる。
一人は去年から、もう一人は2月からスクラッチを始めたという。「自分で考えたストーリーを広げていけるのが楽しい」といいながら、私もバナナの受話器でのネコとの“会話”の仲間に入れてくれた。

 各地で行われたスクラッチデーだが、ここメディアラボだけで発表されたものがある。

「スクラッチジュニア」は指でお絵かきをしながらプログラミング 「スクラッチジュニア」は指でお絵かきをしながらプログラミング

  一つは「スクラッチジュニア」だ。メディアラボと地元のタフツ大学が共同開発したアイパッド向けの言語で、5-7歳をターゲットにしたより簡易なバージョン。コマンドのパーツを25個と少なくし、指先でタッチしてお絵かきをするようにプログラムを組んでいく。操作説明などはなく、子どもたちは思い思いにアイパッドに触っていく。わからないところがあれば、指導役の学生が相談に乗ってくれる。他のコーナーもそうだが、「先生から教える」という光景はない。自分で好きなように触って遊ぶ。わからなければ周囲の人かスタッフに聞く。

学ぶのではなく楽しんで表現する プレゼンでは著作権も明示

 幼稚園児を対象に何度もユーザーテストを重ねてきたというタフツ大学の院生、ディランによると「一番難しかったのは、子どもたちがどんなストーリーを表現したいかということを聞いて、どんな機能と表現でそれを可能にできるかを考えていくこと。『寝てたら、ロケットで宇宙にいって、そこで宇宙人と出会って地球に戻ってきて、宇宙人とネコと一緒にパーティーをして…』という具合に子どものストーリーテリングはどんどん広がっていく。簡単だけど、そういう自由な発想を反映できるものにしたかった」という。「スクラッチジュニア」は今年の夏の後半にアイパッドバージョンから一般向けにもリリースされる。
  さらにより上級者向けの「スクラッチエクステンション」も発表されたが、さすがにこちらのコーナーは参加人数も少ない。コンピューター用語がポンポン飛び出てくるような小学生が、大学の博物館で買ったというMITのシャツを着て音声データのリミックスに取り組んでいた。

 スクラッチとレゴを組み合わせたプロジェクトに「チェインリアクション」という分野がある。ビー玉やレゴを組み合わせた物理的な連鎖運動(日本ではNHKのEテレに登場する『ピタゴラ装置』というとわかりやすいだろう)に、スクラッチで作ったバーチャルな映像、センサーなどを組み込んだものだ。このコーナーでは装置づくりをしながら自然とグループが組まれ、5、6人の少年・少女が紙筒とボール、レゴを使って連鎖運動装置づくりに夢中になっていた。ダンスや楽器プロジェクトには見向きもせず、閉会式の呼び出しが来るまで装置の調整とデモに没頭する彼らを見ていると、本当に楽しんでいるのが伝わってきた。プログラミングを学習するのではなく、楽しんで表現すること。まさにミッチの期待しているものだろう。

「あと10分」のコールがあっても、夢中で意見を出し合い検討を重ねるチェインリアクションプロジェクトチーム 「あと10分」のコールがあっても、夢中で意見を出し合い検討を重ねるチェインリアクションプロジェクトチーム
「筒からボールが出てきたら、このレゴのゲートを押してぐるっと回す。そしたら次は…」連鎖運動の仕組みを解説 「筒からボールが出てきたら、このレゴのゲートを押してぐるっと回す。そしたら次は…」連鎖運動の仕組みを解説

 ホールの壇上では、自分の作った作品を3分でプレゼンするコーナーも設けられた。ゲームや映像などを映し出して、何をしたかったか、どこが難しかったかなどを発表していく。他の子どもの作品を下敷きにしてさらに発展させた作品を作った子どもは「IDネーム○○さんの作品をもとにリミックスしました」ときちんと他者の著作権を明示して発表していた。スクラッチの中にメディアリテラシーや著作権の講座があるわけではないが、コミュニティーの中のやりとりや、情報共有の中でこういった出所を明示するということが身に着いていくようだ。

プログラミングは表現手段の一つ スクラッチで楽しく創造力を育てる

 「みんな恥ずかしがらずに堂々とプレゼンしてますねえ」と隣にいた女性に話しかけたら、「うちの子もさっきプレゼンしたところよ」と返ってきた。「普段の学校でここまで積極的かというと、そうでもないかも。ここで顔を合わせた子どもたちとは、この場限り。失敗したからって、後で何か言われるわけでもないから、大胆にチャレンジできるみたいよ」と話していた。

 3時間のイベントを思い思いに楽しんで、子どもたちは帰って行った。スクラッチ人口はこの2、3年で急激に増えている。各地のスクラッチコミュニティーの積極的な活動で一般に認知されてきたのは確かだ。また、インフォメーションテクノロジー(IT)の浸透で、こういう素養が必要だと感じる人が増えていることもあるだろう。
「これからの仕事のスキルとしてプログラミングが必要になるからと思って子どもにやらせたいというのは、昨今の状況から理解できる。ただ、みんながみんなプログラマーになるわけじゃないからね。文章を書くのと一緒で何かを表現したいというときに、プログラムという手段を使うとまたいろいろな表現ができる。それを楽しんでクリエーティブに表現してもらうのが一番」とミッチ。
  人が最もクリエーティブに学習するのは幼稚園のときだとミッチは言う。その時のパッション、好奇心、楽しさを持ち続けられる学習とは何か。ここメディアラボ全体の共通のテーマでもある。
  来年のスクラッチデーは5月9日。日本でも各地でイベントが開かれるはず。親子で参加してみてはいかがだろう。

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 スクラッチデーの翌週、ニューヨークのインターネットウィークに参加した。ブルームバーグ前市長が始めた、IT産業を重視した「シリコン・アレー計画」。デブラシオ新市長もこれを継承して進めている。スタートアップ企業を誘致し、IT系で雇用を創出する。学校でのIT教育にも力を入れ、2013-14年の学校年度から公立のミドルスクール18校で試験的にスクラッチ教育を始めた。指導者育成のための講習会も行っている。
  インターネットウィークの開幕キーノートスピーチに訪れたデブラシオ市長は、「産業構造変化に合わせた雇用創出が必要。必要とされるのは、パートタイムのような仕事ではなく家族を養える仕事だ。それをこれからはIT関連分野で作っていく。そのために才能のある人をニューヨークに集めたい」と訴えた。ミドルスクールの子らのスクラッチワークショップからは楽しんでいる様子がうかがえた。一方で大人たちの間ではテクノロジーによる大きな変化の中、次の未来を描くための意識改革の一つとしてスクラッチへの関心が高まっているように思えた。

スクラッチのページ  http://scratch.mit.edu/

朝日小学生新聞では4月からスクラッチの使い方を連載中。
大西弘美(おおにし・ひろみ)
大西弘美

取材・紙面編集の仕事を経て、デジタル事業に取り組み15年。2011年からデジタル事業担当。13年7月からMITメディアラボ・シニアアフィリエイト。
Twitter の でMITやボストンでの出来事、メディア関連情報などをつぶやいています。