ペンシルバニア州ピッツバーグにちょっと変わった食堂がある。営業時間は午前11時から午後6時まで。主力はランチの客だ。3月16日からアフガニスタン料理を出している。その前は北朝鮮料理だった。さらに以前に出していたのは、キューバ料理、イラン料理、ベネズエラ料理。
国際ニュースを読みなれている読者は、ここで「なーるほど」とニヤリとされたことだろう。「商売がうまくいかなくて、オーナーがコロコロ変わるのか?」と思った方は「ブッブー残念!」である。
食堂の名は「コンフリクトキッチン(Conflict Kitchen)」。米国とコンフリクト、つまり紛争関係にあったり、仲が悪かったりする国の料理を出し、その国の人の言葉を伝えたり文化を紹介して、考える機会をもってもらおうというコンセプトの食堂だ。
この食堂を始めたのはジョン・ルービン氏。彼はシェフでもなければ、飲食産業のプロでもない。ジョンはアーティスト。地元ピッツバーグのカーネギーメロン大学の芸術学部で助教授として現代アートを教えている。シビックアート企画の一環として、メディアラボのランチトークに訪れたジョンから話を聞いた。ジョンは独立したアート作品をつくるのでなく、公共空間や普通の人の生活との社会的関係の中で、意味やコンテンツを展開していく過程自体をアートにする取り組みをしている。
最初の一歩はピッツバーグの下町に月額約6万円で空き店舗を借り、学生たちとアートプロジェクトを展開する教室としたことから始まった。最初の企画はワッフルショップ。ワッフルが主眼ではなく、店内にテレビのトークショーのようなコーナーを作った。おじいちゃんと孫が前に座りトークを始めるかと思えば、中年女性グループがワッフルを食べながらTVキャスター気分でトークショーを展開したり…という具合に、店内で客同士のインターアクションが生まれた。
その次に登場した企画が「コンフリクトキッチン」だ。2、3か月にわたってテーマとなった国の料理だけを出し続ける。持ち帰りランチの包み紙にその国の情報を入れる。北朝鮮をテーマにした時に配られたチラシには、北朝鮮の食文化、デート事情、脱北者の韓国での生活など学生が集めた生の声がびっしりと印刷されている。特別イベントとして料理教室や、ネット中継でイランの家庭の食卓と食堂をつなぎ、バーチャル食事会をしたこともある。
2011年には出張イベントとしてブラジルの公園で「オバマとチャベス」を展開した。オバマ大統領と米国に対して極めて批判的だったチャベス大統領(当時、2013年死去)に扮した役者をそろえ、「大統領と無料でスワンボートに乗ろう」というふれこみで、役者はのどかにスワンボートを漕ぎながら、「あなたは私(米国大統領)についてどう思っていますか?」「私(チャベス前大統領)の姿勢について、どう感じてます?」といった会話を投げかけていく。参加者が語った言葉を記録し、二人の役者はこれに答えるスピーチを展開する。これは米国中心のIMFに対してチャベス前大統領がラテンアメリカの地域開発銀行として南銀行を提唱したことを踏まえた企画だ。参加者が「もし大統領にものが言えたら」というシチュエーションで何を語り、また役者は「もし大統領になりきったら」どういうスピーチを返すのか、その相互作用の中で気づきや何を感じるかのきっかけを提示していくプロジェクトだ。
実は、メディアラボのシビックメディア研究室ではこのコンフリクトキッチンと何かコラボレーションをしてみようという企画が始まった。特設屋台?料理でビジュアリゼーション?さて何ができあがるやら。
ちなみにこの食堂、ジョンに寄れば「アートプロジェクトだけど遊びじゃない。ちゃんと店員のお給料も払えているよ」とのこと。安定的平和のためには、この食堂の各国料理のレパートリーがあまり増えないことを祈っている。
(MITメディアラボ駐在 大西弘美)
取材・紙面編集の仕事を経て、デジタル事業に取り組み15年。2011年からデジタル事業担当。13年7月からMITメディアラボ・シニアアフィリエイト。
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