Vol.6 (IAP 後編)バーの角を曲がって原子炉を見に行く

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 どうせなら、普段付き合いのないところをのぞきたいと思っていたら「原子炉見学」を見つけた。キャンパスのはずれの倉庫街のような場所に、一見するとガスタンクのようなドームがある。前から気になっていたところだ。メディアラボのシビック・メディアグループの教官、イーサン・ザッカーマン氏からガイガーカウンターであちらこちらの放射線量を測ってまわったという話を聞いたときに「MITの原子炉ラボのまわりも測定してみた」(もちろん異常はなかったが)と話していたので、この機会に中を見せてもらおうと、IDとパスポートデータを送ってさっそく申し込んだ。こちらも参加希望者が多かったようだが、追加開催の見学会ならOKとなり、「朝11時前に○○号棟の呼び鈴を押してください」という少し謎めいた指示のメールが届いた。

※画像をクリックすると拡大して表示されます。 実験用原子炉 実験用原子炉

 実は原子炉ラボのある通りは地元でも有名なゲイバーがあるビミョーなエリアだ。ゲイバーの角を曲がったら原子炉というミスマッチ感。人通りの少ない道に面した原子炉ラボは外から見るとうらぶれた倉庫の事務所のように見える。入り口には建物番号のプレートと呼び鈴ボタンしかない。「本当にここでいいのか」とちょっと不安になる。見学当日はマイナス10度。耳が凍りそうに寒く、とにかく屋内に入りたい。参加確認メールに記載された建物番号を再度確認し、呼び鈴を鳴らすとインターホンですぐに応答があった。「きょうは凍傷になりそうな寒さよね」とドアを開錠してくれた女性がIDを確認して、待合室がわりの会議室を指示してくれた。カバンや携帯、カメラは持ち込めないので、ここに置いていく。注意書きを見ると、「かかとのあいたサンダルは禁止」とある。さすがに冬場にそんないでたちで来るつわものはいるまい。

 見学者は11人。シニアオペレーターという博士課程の女性が案内をしてくれた。各自ペン状の個人用線量計を着け隔離棟へ。最初のドアを入ったところに、畳一枚ほどの大きさの人員配置表がかけられており、出入り時の記録を記入し隔離棟内で誰が何の作業をしているかが一目でわかるようになっている。「緊急時にはこのボードごとはずして、退避先での安否確認に使います」。

 ガイド役がIDを読み取り装置にかざすと、ブザー音を鳴り響かせながら前方の厚さ30センチほどのハッチ状のドアがゆっくりと開いた。長さ2メートルほどの廊下の奥にはもう一つの厚いドアがありエアロックになっている。通ったドアを閉じてから、次の扉が開かれるとそこは原子炉のある炉室だ。

 MITの原子炉は1950年代後半に作られた実験用の原子炉で、米国の大学の実験炉としては2番目に大きいという。(ミズーリ大学のものが最大)出力6メガワットのタンク型で軽水を冷却・減速材とし重水を反射体としている。中性子を使った放射線治療などの医療用の利用と素材研究が主な用途だ。発電はしていない。

 炉室には放射線治療用のスペースと、素材への照射実験装置、放射性物質を扱った実験のために遮蔽(しゃへい)ボックス内を窓からのぞきながらマニピュレーター(遠隔アーム)で操作するホットラボなどが配置されている。素材実験はMIT内の学生だけでなく、他大学とも協力してオンラインでつないで実験を行うこともできるという。
  見学時はメンテナンス中で運転は停止しており、原子炉の分厚いふたが開けられていた。開口部周辺は関係者以外立ち入り禁止で、見学者は同じ高さの壁際の通路から見学する。とはいえその距離は10メートルほど。

 クラスにしても、見学ツアーにしても、質問とコメントにかなりの時間を割くのがこちらの学校の常だ。たまたま見学者の中に、隣のロードアイランド州にある原子力科学センターの研究者が2人おり、「うちはプール型だけど、MITの場合は?」という質問から、原子炉のふたを目の前にタンク型とプール型の違いについてのミニトークセッションが始まった。とにかくみんな黙っていられない人たちだ。ガイドから参加者への情報伝達だけでなく、こうして参加者同士が互いに情報交換をする。多数の端末同士が対等に通信を行う方式の『ピアトゥピア(Peer to Peer)』にちなんで、人が互いに教え合う『P2Pラーニング』という考え方をメディアラボでもよく扱うが、まさにこの場もそんな感じだなと思いながら質問をぶつける。隣接する制御室に入った時には、見学終了予定時間をすでに過ぎていた。

 制御室は、アナログ表示からデジタル表示に一部を移行中だという。よく工場などで目にする薄緑色のパネルに計器類やアラームボタンが並び、結構アナログな感じに満ち満ちている。スタートレックでいえば60年代の「宇宙大作戦」の船内。20世紀の香りがする。(原子力ラボのホームページに写真があるのでご覧ください

 見学終了後はエアロックから出てすぐに、汚染物質が付着してないかをチェック。さらに隔離エリアから出る前にもう一度、両手のひらと両足の靴裏をガイガーカウンターでチェックする。線量計の数字を確認して、ログに記入し、サインをして見学終了。あちこちで質問などに時間をとったので、40分近くオーバーした。

 原子力発電所とは規模がまったく違うとはいえ、市街地に原子炉が隣接していて不安はないのか。ただ、それを言い出すとキャンパス内にはバイオテクノロジーの研究室や風洞実験棟、レーザー実験室など工科大学として様々な施設がひしめいている。隣接する地域にも製薬会社のバイオ系施設が並び、雑誌で「ケンドール(MITの所在地)は“バイオゾーン・エリア1”」などとからかわれたこともある。研究機関があるということは、何かわからないもの、危険なものも扱う場所だという前提で安全を確保し、情報を開示していくしかないのだ。
  そこにあるのなら、そこで何が行われているかを見るチャンスを生かすに越したことはない。

 そんなわけで、わたしの2014年はMIT内での“ご近所訪問”で始まった。

(MITメディアラボ駐在 大西弘美)

大西弘美(おおにし・ひろみ)
大西弘美

取材・紙面編集の仕事を経て、デジタル事業に取り組み15年。2011年からデジタル事業担当。13年7月からMITメディアラボ・シニアアフィリエイト。
Twitter の でMITやボストンでの出来事、メディア関連情報などをつぶやいています。