Vol.3 メディアラボのハロウィーン衣装の傾向と対策

 日本でハロウィーンが広がっていれば、今年は「あまちゃん」や倍返し銀行マンなんかが町をゾロゾロということになっていたのだろうか。

 で、メディアラボではどうなのか。アラフィフの私も付き合わなくてはならないのか。10月の半ばぐらいから、その心配が頭をもたげてきた。なぜなら、学生たちのオフタイム用メーリングリストで「ぼくの今年の仮装のお題は何がいいと思う?」という話題が盛り上がっていたからだ。

 お子さまは消防士やティンカーベルでいい。高校生はバットマンやストリートファイターでもいい。おじさんたちは……そりゃもう今年はレッドソックスのシャツに付けひげで十分だろう。しかし、メディアラボである。ダースベーダーじゃすまないのだ。ティンカーベルなんかでは退場である。

 まず初期のメールに目を通す。「いい案がなければ、スティーブ・ジョブズのゾンビか」。ふん。まずそこが最低ラインなわけね。
この2カ月ぐらいの話題を思い返す。私でも思いつくのはあの歌。「Fox」(「ザ・フォックス」、本コラムVol.2参照)である。これは一般の需要もあるだろう。オンラインのコスチューム店をのぞく。ほらあった。キツネの被り物。赤い字で「NEW!!」とある。商売人たるもの流行に敏感でなくてはならない。もう一つの話題。それはNSA(個人情報を集めていた米国情報機関)とスノーデン(エドワード・スノーデン、それを暴露した元CIA職員)。オバマと違って、スノーデンのゴムマスクは店にはなかった。これはくろうと向けのお題である。しかし、メディアラボなら絶対くる。

その後のメールを観察する。やっぱりネ。
「What the Fox Actually Says」
うーん。ホントはなんて言うだろうね。コンコンと鳴くのかね。
ほら来た「NSA's database」
ストレートだけど、どうビジュアライズするか、逆に興味があるわ。
「Where's Snowden?」
眼鏡はそのままで、しまのシャツ着せちゃいますか?
「Egotistical Giraffe」
NSAスパイ活動のコードネーム。キリンの被り物でOK。
「Al Seeing Eye Prism」
米国国章のデザインにも使われ、フリーメーソン伝説でも登場する三角に目を配した「神の全能の目(All Seeing Eye of God)」とNSA 監視プログラム「プリズム」をかけたもの。

それ以外のお題は、なんだかわからないものが多い。待てよ…。
「A Milkshake from Harlem」
元ネタ「ハーレムシェーク」か。わかった、後はユーチューブだ。共有されるイメージはFoxも含めテレビではなくユーチューブからだ。

「Dancing Pumpkin」 「Dancing Pumpkin」

学生たちのメールで提案された他のお題をご紹介すると
「Keyboard Cat」(これはちょっと古いネタ)

「Grumpy Cat」(grumpy=無愛想な)

「A Waffle Falling Over」
倒れるワッフル。それだけのことなのだが、なぜ100万回以上も再生されるのか。

「Dancing Pumpkin」

そして、もう一つのジャンルがミーム(meme)。ネットでコピーされ変容していくイメージだ。ネットに掲示された写真や映画のキャプチャーシーンに見出しやセリフが重ねられて、元のシーンや意図とは異なるあるイメージが作られていったキャラクター。

「Annoyed Picard」(いらだつピカード艦長)
テレビシリーズ「新スタートレック」のジャン=リュック・ピカード艦長。元は手を振り上げて詩を暗唱するシーンだったらしいが、「おいおい、どういうことだ」とか「いったいぜんたい」といったキャプションがつけられて流布していくうちに、「いらいらシーン」のほうが定着してしまった。
仮装としては、ただ「スタートレック」するより、上級者編となる。

「Sudden Clarity Clarence」(「突然のひらめき」ってとこでしょうか)
元は学園祭の群集の中で、ひとり目を見張る青年が写っている通信社配信の写真だったところに「オーマイゴッド」とか「こんちくしょー」なんていうキャプションがつけられてネットで広がっていった。学生っぽいグレーのTシャツを着て、目を見張ればできあがり。

「Scumbag Steve」(「クソ野郎スティーブ」―お下品ですみません)
あるラッパーと同じちょっとくせのある帽子をかぶった青年の写真(ごく普通の人だそうです)に「12のときからヤクやってて」「心配すんな、来週には返すから」「クルマ貸せよ」といったキャプションがつけられてネットで流布。「いやなヤツ」の代表のイメージになった。

ということで、メディアラボのハロウィーン衣装の傾向と対策、要点をまとめておこう。
  1.ネット監視・規制・トラブルにかかわる時事問題
  2.ユーチューブで話題になった動物など
  3.ネットでコピーされて定着したイメージ

キーワードは「バイラル」と「ミーム」である。
しかし、真に受けてそんないでたちで教室にいく必要はない。もちろん前日に「仮装してきていいですよ」なんていう事務局の全員メールも送られ、悩みを深めてくれる。

 10月31日、たしかにキツネやらの被り物のお嬢さんや、スノーデンのような眼鏡と薄いひげの青年(いや、この格好はもともとナード(注)には多いのだ)は何人か見かけたが、数えるほどだ。彼らはアイデア比べを楽しんでいたのである。やはりアブストラクトだったか。夜のパーティーがどうだったかは、アラフィフの私のあずかり知らぬところである。

 そして今日、写真が送られてきた。そこには茶色のおそらくワッフルを意図したと思われるじゅうたんのようなものにはさまれた青年の写真が写っていた。それが、メディアラボの人なのか、よその人なのかは追及せずにおこう。確かあのメールで「A Waffle Falling Over」には複数の票が入ってはいたが……。


(注)ナード(Nerd) あえて訳すなら「おたく」。ただしサブカルチャー没頭型ではない。
アメリカの学生生活のカルチャーの中で「アメリカンフットボール選手、野球選手、チアガール」を取り巻く集合をAとすると、非Aの集合がナード。似たような表現にギーク(Geek)があるが、こちらの方がより「ITオタク」「ガジェットおたく」の要素が強まる。
MITにおけるナードは、自分が追究していることについてはキャリアを捨ててでも妥協しない「こだわり職人」の要素も加わる。世間からナードと呼ばれても、必ずしもマイナスイメージではなく、MITの生協には「ナードの誇り」というロゴのTシャツも売られている。(写真)
Youtube上にはナードとギーク対決をカリカチュアライズしたこんなビデオもある。
https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=2Tvy_Pbe5NA

(MITメディアラボ駐在 大西弘美)

大西弘美(おおにし・ひろみ)
大西弘美

取材・紙面編集の仕事を経て、デジタル事業に取り組み15年。2011年からデジタル事業担当。13年7月からMITメディアラボ・シニアアフィリエイト。
Twitter の でMITやボストンでの出来事、メディア関連情報などをつぶやいています。