Vol.2 江南スタイルの次は…キツネ――バイラルビデオでの成功

 家に帰ったら「明日のミーティング、アイスブレーキングのお題は『What do You say.』で。よろしく」というメールが回ってきた。私が所属しているシビックメディアグループの定例ミーティングには、メディアラボ内のグループメンバー以外にMIT内のコミュニケーション研究グループ、コラボをしている地元紙「ボストングローブ」のラボメンバー、学外の研究者、海外からの訪問者など毎回新しい顔ぶれが集まる。だから、ミーティングの冒頭は緊張をほぐすため自己紹介を兼ねて、与えられたお題に一言コメントをする形でのアイスブレークがお約束になっている。

 「自分にとって快適な9月の気温は」「明日ぽっかり予定があいたら何するか」「寒くなる前にやっておきたいこと」なんていうテーマをその場で決めて、即興でコメントする。ジョークをいれて「ハハー」とか「おー。それはいいよねー」なんていう参加者の反応を狙いながらも、答え自体には意味はない。

 それが前日にメールで回ってくるなんて・・・・・・。昨日、オバマケア(注1)で政府機関のシャットダウンに突入したばかりだから、それについての意見?準備のいる話題なのか・・・・・・。ドキドキしながらメールの中のリンクを開いてみて、動画配信サイト「ユーチューブ」から流れる音楽に「あー。このことかー」と笑ってしまった。

 曲は「ザ・フォックス」。むしろ歌詞の「What does the Fox say?」(キツネはなんと鳴く?)で知られているエレクトリカルダンスミュージックだ。ユーチューブで公開したミュージックビデオが話題になり、たちまち世界的に有名になったノルウェーのコミックデュオ「イルヴィス(Ylvis)」が歌っている。
  「犬はワン、猫はニャー、鳥はピーチク、牛はモー。キツネはなんて鳴くの」。歌詞だけ見ると、まるで幼児に言葉を教える童謡だ。ビデオ映像は動物の被り物をした客がパーティーを繰り広げるシーンの中、男性シンガーが無表情にカメラ目線でこのナンセンスな歌詞を歌い、後半は夜の森の中での群舞となるノリのいいダンスミュージック。幼児番組に例えるなら「おかあさんといっしょ」というよりはMTV版「ひらけ!ポンキッキ」な感じだ。

 メディアラボ内に、生活や趣味で「おもしろい」と思った話題を交換するメーリングリストがある。ここにこのミュージックビデオのリンクだけが、なんのコメントもなく流れてきたのは9月6日だった。なぜ覚えているかって?正直いって「なんじゃこりゃー?」だったからだ。

 ビデオを前に私の頭の中を様々な解釈が駆け巡った。
  先端の研究をしている、頭のいい人たちが、シェアしようと送ってきたのだから「伝える表現」として何か新しい視点があるのではないか。(本気で悩んだ)いやいや、FOXといえばブッシュ政権時代に共和党寄りと話題になったFOXニュースがある。なにかこれを風刺するメタファーなのか(おいおいノルウェーのグループだよ)?パーティー、動物の仮面といえば「O嬢のものがたり」のフクロウの仮面。人ではなくオブジェクトとしての表現が・・・・・・えーと・・・・・・(そりゃ考え過ぎだろう)。という具合に頭の中はもうグルグル。
  そのうちラボ内から「Uh oh...(えーと)」というコメントが送られてきて、なんだ普通のナンセンスなミュージックビデオとしてみればいいんだと安心した。

 「ザ・フォックス」がユーチューブにリリースされたのは9月3日。その3日後にはMITでも学内をこのリンクが飛び交っていたということになる。世界のあちこちでユーチューブを見てクチコミが広がったのだろう、10月3日現在、ユーチューブの再生回数は8千万回を超え、ビルボード8位。この1カ月あまりで、一気に広がったバイラルビデオ(viral video)の成功例だろう。(注2)

 バイラルビデオといえば、PSYの「江南(カンナム)スタイル」も記憶に新しい。小太りのお兄さんが踊りまくるこの曲もユーチューブに公開されたビデオがテレビ番組などで紹介されたことで火がついた。「江南スタイル」は2カ月で再生1億回を突破ということなので「ザ・フォックス」はそれを上回りそうな勢いがあるようだ。バイラルでの成功の一つの特徴として、パロディーの登場もあげられるが、すでにキツネちゃんにはちょっとかわいいアニメ版が登場している。
  まだ聞いていない方。下半期の話題の曲です。ぜひ一度。しょーもない歌詞が耳についても責任はとりません。
  ところでメディアラボのミーティング。What do I say?

(MITメディアラボ駐在 大西弘美)

(注1)米オバマ政権の医療保険制度改革をめぐる2大政党の対立により、10月からの新年度予算が議会で不成立。この影響で政府機関の運営がストップした。
(注2)リリースから2か月半たった11月20日現在、”FOX”の再生回数は2億3,700万回を超えている。

大西弘美(おおにし・ひろみ)

取材・紙面編集の仕事を経て、デジタル事業に取り組み15年。2011年からデジタル事業担当。13年7月からMITメディアラボ・シニアアフィリエイト。
Twitter の hiromin_o でMITやボストンでの出来事、メディア関連情報などをつぶやいています。