ユニクロの2014年春夏の新作が示す新たな展開

 

 景気の動向は強含みとはいえ、まだいまひとつ。それなのに年末にかけては、特定秘密保護法の成立、また集団自衛権や武器輸出禁止の緩和に向けた論議など、なにやらきな臭い国の動きが目白押しなことが気になる。武器や原発プラントがいくら売れてもうれしくはないが、少なくともファッションの製品なら平和を脅かす不安はない。

 10月に発表されたユニクロを運営するファーストリテイリングの今年8月期の通期連結決算によると、売り上げが前期比23.1%増の1兆1,430億円となり、日本の衣料品業界では初めて1兆円を超えた。秋口ごろには国内売り上げの伸び不足などで短期的な不振も伝えられたが、また盛り返したようだ。中国・上海の大型旗艦店などアジア諸国での開店効果もあったようだが、今年秋冬物から打ち出した「LifeWear(ライフウェア)」という服作りへの新たな発想の影響もあるのではないかと思う。

 この「LifeWear」とは簡単にいうと、着る人が身体で感じるライフスタイルに合った心地よさの重視、ということだろう。そのためには、より軽くて機能性の高い素材開発だけではなく、色使いやパターン、仕立てなどのレベルの高さといったより高度なデザイン性が必要だ。イッセイミヤケのデザインを長く担当していた滝沢直己がクリエーティブディレクターに就任したことで、ユニクロはデザインの面でも新たな展開を見せた。

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ユニクロ2014春夏新作 スーピマコットン ユニクロ2014春夏新作 スーピマコットン

 その2シーズン目となる2014年春夏物の新作が今月発表された。ユニクロといえば、フリースやヒートテックなど機能性の高いハイテク素材が人気だが、今回は天然素材の麻やコットンの服にも力を入れている。肌に伝わる触感や美しい光沢、通気・吸湿性という面では、天然素材は変わらぬ捨てがたい魅力がある。「夏は肌の感覚が特に研ぎ澄まされる。風をはらみながら肌を包み、体を包み込む服」を目指した、と滝沢は語る。少し灰色っぽいが明るいパステルカラーの豊富な色使いや、花や植物のモチーフを多く使ったトロピカルな柄模様も、天然素材の感覚をうまく引き出している。

NIGO NIGO

 また今回は、ユニクロのTシャツラインであるUTにもクリエーティブディレクターとしてNIGOを迎え、Tシャツの新たな展開を狙っている。彼は1990年代のはじめにグラフィックTシャツを中心としたブランド「ア・ベイジング・エイプ(A BATHING APE)」を設立し、いわゆる「裏原系」の日本のストリートファッションを盛り上げた。服だけではなく音楽などポップカルチャーの幅広い分野で活躍した経歴があるだけに、そうした感覚をユニクロにどれだけ盛り込めるか期待したいところだ。

麻素材 麻素材
UTの新作 UTの新作
イネス・ド・ラ・フレサンジュと滝沢直己 イネス・ド・ラ・フレサンジュと滝沢直己

 もう一つ、新たなラインとして「イネス・ド・ラ・フレサンジュ(INES DE LA FRESSANGE)」もスタート。イネスは貴族出身でシャネルのアイコンモデルとしても活躍したパリのエレガントな感覚を代表するような女性で、この新ラインでは着る側の立場から滝沢に協力するというコラボレーションの新しい形としての試みだという。「美しさとは日常の中、身近なものの中にある。高価で現実離れしたファッションから私は遠ざかっている」との彼女の言葉のように、新作はシンプルな形の中に、これまでにユニクロにはなかった大人のシックな感覚が感じ取れる。

 常に「新しさ」を強調することで消費社会を先導してきたファッションは、いま大きな曲がり角に差しかかっている。今回のユニクロのデザインのキャスティングは、20世紀のファッションを構成していたパリ正統のエレガンス、日本発の前衛的ファッション、そして若者のストリートファッションという三つの分野での代表的な人材を一気に集めた格好となった。それが、ユニクロという大きな規模のあくまでもビジネスを優先する冷徹ともいえる枠組みと混ざり合って何が生み出されてくるかとても興味深い。

 20世紀のファッションの枠組みの延長からは、もう本格的な新しさは生み出せないと見られている。そして、ユニクロの合理的な生産システムもそのままではいずれ超えられない壁に突き当たることになったに違いない。今回の組み合わせは、デザイナーの側もユニクロも、これまでのあり方のままではいられなくなることが迫られるだろう。

 大量生産・消費によって物質的な豊かさをもたらした近代の産業システムやそれに基づいた文化的な表現の先にあるものはどんなものなのか?それは別にユニクロやファッション業界に限ることではない。だが、ファッションの表現が次の時代に向けたイメージが打ち出すことは期待したいのだ。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。