天野祐吉さんが示した、広告・ジャーナリズムの役割

 

天野祐吉氏 天野祐吉氏

 広告とは何か、広告は何をしてきたのか? そんな問いをもとに、雑誌『広告批評』や朝日新聞のコラム「CM天気図」などで健筆を振るい、その後も軽妙な批評や発言を続けてきて先月亡くなった天野祐吉さん。その最後の著書となった『成長から成熟へ―さよなら経済大国』(集英社新書)を読んで、彼がいろんな意味で最も優れたジャーナリストの一人だったことを改めて強く感じさせられた。そしてもちろん同時に、広告をとても愛していて、時代の大きな曲がり角の中で広告が向かうべき方向を模索しつつ考え続けていたことが分かる。

 この本の中で天野さんが最も言いたかったことは、物質的な豊かさを目指す時代はもうとっくに終わっていて、これからはそんな時代のツケを払いながら成熟した精神的な豊かさを求めていく時代で、広告はそれに沿った生活のイメージや商品の後押しをするべきではないか、ということだろう。後書きの中で、今では美人のことを指す「別品(別嬪)」が、本来は一品、二品と続く品質の評価基準の物差しでは測れないような個性的で優れたものを指していたことを紹介。「日本は1位とか2位とかを争うやぼな国じゃなくていい。『別品』の国でありたいと思うのです」と書いている。

 そして、まず「くたばれ中央集権」との言い方で、画一的な評価基準を押し付けている中央集権的な政治、社会、文化にいたるまでの仕組みや考え方に異議を申し立てていくことを提案している。そのためには、中央―地方と対置するのではなくて、「地方」を「地域」にしなきゃだめなんです、と問いかける。そして、日本や世界の「地域」で進められている先進的な実例を紹介しながら、地域分権下での日本の再生イメージが具体的に紹介されている。

 本の中では、天野さんが広告批評にかかわってきた60年間の体験を通して、広告が担ってきた役割や、結局担わせられてしまった問題点も鋭く語られている。1960年代から始まった高度経済成長時代から、商品のいわゆる「計画的廃品化」がピークに達した70~80年代、そしてその後に続いた「センスの差異化」の時代。この流れを通して、広告はともすればそうした流れを作る側に沿った姿勢で後押ししてきた。

 そんな中で、天野さんは本当に優れた広告が持っていた大衆表現としての魅力的な“ことば”に注目し、それが持つ商品や生活への批評的な視点を大切にしてきた。天野さんの語り口は、難解なことばをほとんど使わず、どうしても使う必要があればそれを適切な具体例で平明に説明している。そして彼が書くのはエッセーではなくて、あくまでも具体的な事実、出来事から出発している。

『成長から成熟へ―さよなら経済大国』 『成長から成熟へ―さよなら経済大国』

 それは考えてみれば、ジャーナリストの視点と文章でもあるのだ。またこのことは逆に言えば、優れた広告は同時に優れたジャーナリズムの表現でもあるということを示している。多くの人に向けて分かりやすく語ること。現代広告の父とも称されているコピーライターで広告代理店経営者でもあったデイヴィッド・オグルヴィは、「バーのホステスに説明しても分かってもらえないような物理学などたいしたものじゃない」というノーベル物理学賞を受賞したラザフォード卿の言葉を座右の銘にしているという。
オグルヴィもまた優れたジャーナリストだったに違いない。彼は著書の中で「広告は廃絶されてはいけない。しかし改革されなければならないのだ」と書いている。

 ファッションは、広告と深い関係があるとよく言われてきた。どちらも近代産業社会化の中でその先頭に立って消費を喚起する旗振り役を務めてきたからだ。そして実際に物を作りそれを管理する側からは、軽薄な言辞を弄する存在としてネガティブに見られてきた点でも共通している。また、その作品で本当に優れたものは、管理する側の隠された本音や偽善を鋭く突く批評性があったということでもよく似ている。

 とはいえ、ファッションは自らも服やアクセサリーという物を作る存在でもあることに対し、広告はあくまでメディアである点では異なっている。その分だけファッションは直接的な批評性を表現しにくいのだが、だからといってジャーナリズムの対象として、より語りにくいということにはならないはずだ。その意味では、天野さんがしてきたことはファッション批評の不十分さを鋭く突いているとも思えてしまうのだ。

 彼の柔らかだが鋭い批評は、広告やファッションに限ったわけではない。その範囲はほとんどすべての商品から、それを作りだしているシステムや考え方まで広げて考えられる。だから天野さんは、そうした思いに共感する多くの人たちの間で今後もずっと生き続けていくことだろう。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。