今月はじめ、東京・表参道に新しいタイプの生活雑貨ショップがオープンした。デンマークに本拠を置く「フライングタイガーコペンハーゲン」の、大阪・心斎橋店に次いでアジアでは2番目の出店で、開店初日は台風22号による大雨だったにもかかわらず入店を待つ買い物客の長い行列ができた。商品の平均価格が200~400円というびっくりするほどの安さなのだが、人気の理由はもっとほかにもある。
店に入ってまず感じるのは、店内いっぱいに色があふれていて楽しげな気分にさせられることだ。お菓子や手紙、写真などを入れて置けるような、リンゴの絵柄で統一された各種サイズのスチールボックス(小・中は200円、大300円)。同じリンゴ柄で、鍋の下などに置く耐熱プレート、トレー、キッチンの壁に取り付けるハンガー……。また、リンゴをサクッと切れるカッターや本物のリンゴを入れる専用ケースもある(どれも200円)。
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「恋したら、赤。恋しても、黒。」と題しての、赤いハートと黒いヒゲをモチーフにした商品群もある。どれもハート形の、しおり付きノートや9枚の写真を飾れるフォトフレーム、4着の服をつれるハンガー。ユーモラスなヒゲは、枕やメモ帳、また傘や靴下の柄にも生かされている。大型のビニール傘(400円)にはカップル使いも考えて、ヒゲに真っ赤なリップマークが添えられる。そんな遊び心に富んだアイデア展開が、この店の品の特色だ。
売り場コーナーは、「ホーム」「ホビー」「キッチン」「アクセサリー」「オフィス」「テキスタイル」など16の分野に分けて構成され、入り口から一方通行で見て回るようになっている。だが、どこにいても100円から最高で2,000円までの約1,500品目の売り場全体が見渡せるようになっていて、もちろん戻ることもできる。店のスタッフは海賊や動物をモチーフにした服や帽子姿で、なにやらワンダーランドの気分を演出しているようだ。
このブランドの店は、1995年にコペンハーゲンでスタート。今ではヨーロッパを中心に世界19カ国で約230店舗を展開している。10クローネ(約180円)の均一価格ショップで、いわば北欧の100円ショップなのだが日本のそれとはだいぶ雰囲気が違う。まず商品構成がよく練られていて、デザインや色使いにシンプルだが北欧独特の自然の温かみを感じさせる統一した特色がある。暖色はほのぼのとしているし、青などの寒色系からも澄んだ冬景色の楽しさが伝わってくる。それでいて、どこかとてもスタイリッシュなのだ。
創業の狙いは、「安くて楽しい」という小さな"革命"を起こすことだという。この価格帯でかなりハイセンスなデザインで統一した雑貨の商品群をそろえるのは、確かになかなかのことだと言えるだろう。そして素材の品質も悪くはないのだ。ノートやメモ帳を買ってさっそく試してみたが、ペンの滑りがよくてなかなか気持ちよく書けた。
日本だけではなく世界の先進国で続くデフレ気味の経済不況で、一部の富裕層を除き多くの人の所得が低下して大量生産の低価格商品が売り上げを伸ばしている。だがそうした低価格商品への志向は、「どうせ安いのだから」という買う側の商品への美意識や楽しみのバーゲンという不本意な結果も生み出しているようにも思える。そんな中で、この北欧の小さな国で生まれた「低価格商品」はある種の新鮮な魅力とビジネス的な可能性を感じさせる。
このブランドの店が日本にできたことは歓迎したい。今後は日本国内から中国やインドなどのアジア各国にも広がるグローバルブランドになるかもしれない。そのとき、大量生産による資源消費や廃棄物の拡大という問題をより抱えることになるだろう。それを乗り越えて、それでも「安くて楽しい」という理念を保てるだろうか?
そして、この商品がどのように作られているのかということにも関心が及ぶ。商品のアイデアやデザインはデンマークでできるとしても、この価格帯の商品を国内で生産するわけにはいかないからだ。商品の明るく楽しいイメージとは全くかけ離れた、暗く過酷な工場で低賃金で働く人たちが作っている姿はあまり想像したくないのだ。少なくとも今は。
◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。
1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。