服は歴史的にずっと長い間、耐久消費財だと考えられていた。そんな簡単にすり減るものではないし、修理もいくらでもできる。素材の布の命はもっと長くて、服として使えなくなっても仕立て直しをしたり、ほかの用途に広く使ったりもできる。現代でも大戦後の高度成長期の前のころまでは、そう扱われていたはずだ。それがいつの間にか、今ではすっかり次々と新しい服が大量に作られて、短いサイクルで買い替えるのが当たり前の消費財になってしまっている。
そんな事情は服に限ったわけではないが、ファッションは大量生産・消費社会の成り立ちのころから、その先頭に立つ旗振り役を担ってきた。「新しさ」の魅力を打ち出し、客はそれを買うことで幸せになったり進歩したりする気になる。それが近代以後の産業社会のまだあせることのない基本的な動因なのだが、ファッションはその最も分かりやすい魅力をもっていたからだ。
大量生産・消費によって経済的な豊かさはもたらされたが、一方で自然の美しさや地球環境の微妙なバランス、伝統によって育まれていた人の絆などがどんどん失われ、今ではもうにっちもさっちも行かない行き詰まりに差しかかってしまった。こんなことになってしまったのは、ファッションの消費はあまりにも分かりやすかったために、それをバカにしていれば、実際には服以外でも同じように大量生産と大量消費を繰り返していることに気付かなかったり無視したりすることができたせいではないか、という気もする。
デザイナーたちはこの苦境から抜け出すために、伝統を見直したり未来に思いを馳(は)せたりして新しいアイデアに腐心している。だがその多くは、シーズンごとに単発ですぐ消える線香花火のような状態に留まっている。そんな中で、一つのアイデアを守り育てているデザイナーもいないわけではない。「まだやっているのか」と冷笑する向きもあるのだが、こんな時代には一つのアイデアに徹することがむしろ未来へ続く一つの道につながろうとしているように見えるのだ。
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「家を失(な)くしてしまった時、人を最後に守るのは服」。そんなコンセプトで1994年にファイナルホームというブランドを立ち上げた津村耕佑は、そんなデザイナーの一人だ。その出発点となったナイロン製のショートコートには、ファスナーで仕切られた28個のポケットが付いていて、食べ物や水、日用品などが収納できる。新聞紙や中綿を詰めれば、厳寒にも耐える防寒服にもなる。それでいて、十分にファッション的なデザイン性も兼ね備えている。
このコート「HOME1」は基本形を変えずに、着方・使い方を進化させ続けている。東日本大震災の直後、津村は被災地に行ってこのコートを配ったが、その便利さ以上にデザインが与える楽しさが救いになったとの声が多かったという。透明なコートのポケットに被災地へのメッセージを書いた紙を入れたイベントも何度も開いた。「中に入れるものによって、コートはその人だけの表現メディアにもなった。人が着て使って、初めて一つの形になる」と津村は語る。
服ではないが2012年に発表した、空気が入った塩化ビニールの荷造り材を使ったパズルピース「プチプチ・タングル」も同じ発想から出たものだ。一つひとつを簡単につなぎ合わせることで子供でも好きな立体作品ができるが、この素材は緩衝材として「守る」というファイナルホームの基本コンセプトにも合っている。東京ミッドタウンで8月15日に開いたワークショップでは、この素材で高さ2メートルを超える家も作った。「これなら地震で倒れても誰も傷つかない」と津村。半透明なのでプライバシーは守られて同時に外の様子が分かることで孤立感に陥らずに済む。
また9月1日まで六本木ヒルズ森タワーで開かれた「LOVE展:アートにみる愛の形―シャガールから草間彌生、初音ミクまで」では、HOME1とプチプチ・タングルを使ってさまざまなアーティストが表現した「愛」の世界を表現した作品が展示された。津村の服は災害や厳しい都市環境の中で生き延びるための生活用具でもあり、何かを伝えるためのメディアでもあり、またアート作品にもなるのだ。
そして何よりも重要なことは、この服のコンセプトはファッションでありながら、産業社会の本音とそれを直視せずに済む道化役としてのファッションの役割からは決然として距離を置いていることだろう。だから津村の試みは、服に限らずこれからのモノ作りのあり方に大きなヒントを示しているのだ。
1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。