地域のデザインとは? ナガオカケンメイ氏の観光本が伝えること

 

 デザインの視点で各都道府県の観光ポイントを紹介するユニークなガイド本「d design travel」の沖縄号が、今月発売された。2009年の創刊で、シリーズとしては10冊目だが、観光の面でもさまざまに重層的な問題をはらんでいる地だけにより充実した内容になっている。ものではなく地域の伝統やコミュニティーのあり方を考え、人間同士のつながりを組織しようとする「ソーシャルデザイン」がいま注目されているが、このシリーズの試みはその優れた具体例の一つとしても興味深く読める。

 シリーズの企画は、各県の地域に秘められた個性を表している自然、人、文化などを見つけ出し、そこを訪れる人との新しい交流を促そうとの目的で始められた。紹介スポットの基準は、まずその土地らしいこと。現地の人がやっていて、大切なメッセージが伝わってきて、価格が手頃なこと。そしてデザイン的な工夫があることだという。スタッフが何度も現地に足を運び、現地の人たちとのワークショップなども開いて紹介する対象を決める。

 取材は必ず自費で、実際に泊まり、食べ、利用して確かめる。そして本音で感じたことを自分の言葉で書く。写真も特殊レンズなどは使わず、ありのまま撮ることが鉄則とのこと。また、取り上げた場所や人々とは、本の発刊後も続けて交流を保つことを原則としているという。

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今月発売された「d design travel」沖縄号 今月発売された「d design travel」沖縄号
これまで刊行された各号の表紙 これまで刊行された各号の表紙

 

ナガオカケンメイ氏 ナガオカケンメイ氏

 シリーズの編集長は、あえて「作らないデザイナー」と称する人気デザイナーのナガオカケンメイ氏。流行に左右されず長く愛されるデザインをテーマとしたストアスタイル作りを目指す活動体「D&DEPARTMENT PROJECT」の仕事の一環として企画された。「この本はデザインに関心の深い人たちが対象。内容も偏っています」とナガオカ氏は語る。だが本では、ストレートなデザイン論や地域の政治・経済的な問題についての思想的な議論は語られていない。それよりも、一見無手勝流ともいえる〝ユルさ〟に徹することで、地域に深く根差している本音の感覚やその表現とうまく出会えているように思える。

 沖縄号では、冒頭でナガオカ編集長が見つけた「沖縄のふつう」を紹介している。コンビニのおでんのネタにもなっている「てびち」(煮込み豚足)、沖縄の人たちが飲んだ後のシメに食べるステーキ定食店の真夜中過ぎの盛況ぶり、家族・親戚がお墓の前に集まって伝統料理にケンタッキーフライドチキン、オリオンビールも一緒くたにして語って合い、踊る「シーミー(清明祭)」……。

 「dマークレビュー」というメーンの紹介スポットも、他の観光ガイド誌などでは見かけない場所が多い。宜野湾市のタコス専門店「メキシコ」や北中城村のドライブイン「A&W屋宜原店」、北谷町の「イーグルロッジ」など、アメリカの影の深い店やホテルもある。だが、こうしたスポットに濃厚に漂っているのは、アメリカ風をも平然とのみ込んでしまっている「沖縄らしさ」のように思える。

 そうしたのみ込む力の強さは、土地によって伝えられてきた風習や考え方が死者(先祖)たちへの思いと共に今なお受け継がれているからだろう。この本のおそらく意図的な自然体の紹介の仕方が、そんな沖縄の伝統の力をうまく受け止めている。青い空と海の癒やしの島としての「沖縄イメージ」や、沖縄戦と巨大な米軍基地への第三者的な論議などは、沖縄の伝統の力を知るためにはほとんど役に立たないのだ。ということを、この本はよく伝えてくれる。

 そしてこの本が強いのは、地域で暮らす人たちとのつながりを何よりも重視しているからだろう。伝統を基盤とした人々のつながりを刺激したりそれを組織化したりすること、それが多分、ソーシャルデザイナーとしてのナガオカケンメイ氏のシリーズ刊行の意図のようだ。とはいえ、この沖縄号はデザイン的にもとてもスタイリッシュだ。本文の写真の選び方や配置などはもちろんだが、広告のビジュアルにも隙のない神経が行き届いて、観光ガイド本にありがちな軽薄な俗悪さとも無縁だ。

 マーケティングや広告ビジュアルに携わる人たちも、最近のこうしたソーシャルデザインの動向やグローバル社会の中での地域や伝統の豊かな可能性についてはそれなりの理解をもっているに違いない。だが、それをプロジェクトとして実現させるためには、俯瞰(ふかん)的なデータや知識ではなくて実際に地域に足を運んで人とのつながりに踏み込んで何かを実感でつかむことが必要なのだ。そのことを、この本は問わず語りのように示している。

 「d design travel」ウェブサイト http://www.d-department.com/jp/d-design-travel/

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。