円安で日本が作る物とは? 円が高くても安くても

 

※画像をクリックすると拡大して表示されます。

ホンダのインド向けディーゼル小型セダン「アメイズ」 ホンダのインド向けディーゼル小型セダン「アメイズ」

 日本銀行による過去最大の「新・量的緩和」策を受けて、円相場も1ドル100円をうかがう急速な「円安」傾向が続いている。円高や円安の功罪については、立場によって(つまり誰が得するかによって)さまざまな意見があるだろう。だがごく素朴な見方からいえば、お金の量を増やしてわざわざ自国の通貨価値を下げるという、それ自体としては姑息(こそく)とも卑屈だともしかいえない策に展望があるとは思えない。

 強い円でも売れるような製品やサービスを作りだし、外国から輸入せざるを得ないものへの支払いの負担を軽くする。その方がまっとうなやり方なのではないか。などと思っていたところ、先日の朝日新聞の経済面で「新興国向け50万円車投入」(4/18付)との記事を読んで違和感を覚えた。ホンダがインドに投入する低価格の小型戦略車の開発に着手したとのこと。日本でヒットした軽自動車をベースにコストをさらに抑え、インドの自社工場での生産を予定しているのだという。

 ホンダといえば、オートバイの頃から独自の画期的な技術のメーカーとのイメージが強かったはず。低公害エンジンやF1レースを制覇した高性能エンジンの開発などで、後発メーカーながら世界での知名度も高い。性能が生み出したスタイリッシュなイメージもあり、それが無形の資産となっている。インドでは先発のスズキならともかく、ホンダともあろうものが韓国やインド製の車と価格で争うとは?と素朴に思ってしまうのだ。だが、ホンダなら完成車はきっと何らかの技術的アドバンスをもったものになる、と信じたい。

 インドでの去年の新車販売は358万台で、世界第5位。また中国でも今の2倍近い3,500万台前後に達する見込みだ。こうした大きな成長が見込める新興国市場に向けて、ホンダに限らず他のメーカーも低価格車で勝負する意向のようだ。それなら、円安は差し当たって有効な追い風になるだろう。しかし量的なシェアの拡大がそんなに大事で、将来的な利益につながるのだろうか?

 それよりも、日本のメーカーは高い技術と日本ならではの物作りの伝統を生かして国内で作った独自の高性能車で勝負する方が得策なのではないか。たとえば、ほかより倍長持ちして低燃費で有害な排ガスが半分しか出ず、乗り心地が快適でかっこいい車。そんな車なら、値段が倍でも円高でもちゃんと売れて利益も出るのでは。すぐにコモディティー化する技術で作る低価格車ならもうすでに韓国に負けているし、そのうちインドや中国のメーカーにも勝てないに決まっている、と思うのだが……。

(左)パナソニックの食洗機、(右)ダイソンのファンヒーター (左)パナソニックの食洗機、(右)ダイソンのファンヒーター

 パナソニックが発売した超小型の食器洗い器が人気を呼んでいる。あの大きさと薄さなら狭い台所にも置けて、気軽に洗えるので食器の数も少なくて済むだろう。そんな発想は日本の得意分野のはず。英国のメーカー、ダイソンの小型で強力な掃除機やファンヒーターが日本でも人気だが、ロンドンから車で1時間くらいの工場を訪ねた時に、技術開発者でもある社長が語ったこう語っていた。「あなたは英国まで話を聞きにきたけれど、私は日本で小型化への発想と技術のあり方を学んだのですよ」

 いま世界中で、供給の過剰化に伴う需要の極小化という現象がさまざまな分野で起きているという。供給が過剰になるとすぐに価格破壊が起きて、生き残るのは最も安いコスト(その要因は働く人の給料だろう)で作れるメーカーということになる。そんな中で新たな需要を生み出すためには、独自の伝統と最新の高度な技術を組み合わせた製品を開発してきちんとした方法で生産することではなのではないか。

 ファッションの世界でいえば、大量供給方式で急成長したファストファッションも、有力デザイナーとのコラボによる独自デザインや素材の新技術開発に力を入れざるを得なくなっている。一方で、伝統技術と最高の素材で作るオートクチュールに新たな注目が集まっている。新しさを打ち出すことが最優先なファッション産業でも、すぐにすたれてしまう目先のトレンドだけの服には疑問の目が向けられ始めているのだ。

 「カワイイ」の文化を生み出す独自の美意識、活発なストリートファッション、そしてハイテクと組んで世界から注目される生地素材技術をもった日本のファッションは、そんな中でこれから大きな可能性をもっているに違いない。もし今後、世界に通じるような新たなファッションができるとすれば、円安は大した武器にはならない。日本の市場を席巻したパリやミラノのブランドは、為替差益などは大した恩恵でもなかったのだ。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。