欧米高級ブランドの最近の堅調と、それがはらむ危惧

 

 欧米の高級ブランドの売れ行きが、このところ世界的に好調なのだという。日本の国内市場も事情は同じで、一部のブランドは絶好調といってもよいほどらしい。なにか時ならぬ、日本の場合でいえば90年代に続く「第4次ブランドブーム」というべき現象ということになるのかもしれない。なぜそんなことが起きているのか? “アベノミクス”のせいというわけでもないだろうが、根は同じところに通じているのでは、とも考えられる。

 高級ブランドは株式を上場していないところも多い。そのため売り上げや営業利益を公表しないので、全体の正確な数字はなかなかつかみにくい。しかし各国の経済リサーチ会社などが色々なデータを集めて分析していて、おおよその実態を知ることはできる。しかし、なぜ売り上げが変化したのか、との突っ込んだ分析がされているわけではない。

 東京・目黒の杉野学園で先月、「なぜ今、ラグジュアリーブランドが堅調なのか?」と題した公開研究講座が開かれ、パネリストたちがこの問題について意見を交わした。そこで紹介されたリサーチ会社の資料によると、高級ブランドの世界市場を購買客の国籍別でみると、中国が今や世界一で23%、並んで米国が23%、日本は22%で第3位だという。以下はロシア7%、韓国5%、インド2%の順。人口を考えれば、日本は一人当たりでは世界一ということになる。

 しかし一方で、日本国内の服飾品のインポート市場は96年の1兆8971億円をピークに減り続け、2012年は8,955億円とほぼ半減の状態になっている。だが高級ブランドはその中でも一定の健闘を続けていたが、ある時期からはやはり低調に陥っていたようだ。日本では最も人気のあるブランドの一つは売上高と申告所得の公表を04年からやめてしまったという。その理由は恐らく対前年割れになったからとのこと。

ファッションブランドのハイジュエリー参入を伝える新聞記事(2012年8月30日付 夕刊) ファッションブランドのハイジュエリー参入を伝える新聞記事(2012年8月30日付 夕刊)

 そんな中での最近の高級ブランドの売れ行き増について、「本物志向が強まってきたため」、低価格品が売れる一方で「物語やファンタジーを感じさせるモノも求められ始めた」などの意見が出された。その流れでは、これからは最高級もしくはそうであろうとするブランドしか生き残れないだろうという。興味深いのは、一部の高級ブランドの最近の堅調ぶりがファストファッションの躍進と時期的にも対をなしているように思えることだ。

 この公開講座で出された指摘の一つは、最近の高級ブランドの売り上げの中身は、価格が100万円単位の高価なジュエリー製品や高価格時計などが増えていることだった。このことの背景については論議されなかったが、今の現象を考えるためには重要なヒントではないかと思う。80年代から90年代にかけて日本で起きた戦後の第3次ブランドブームといわれた時は、売り上げの中身は服や革小物類が中心だった。その頃の日本は経済的な絶頂期で、今と違って中間層にもっと購買力があった。その日本人の圧倒的だった購買力が結果的に、高級ブランドのグローバル化を先導した。たとえばルイ・ヴィトンの売り上げの約7割は日本人によるものだったとも言われた。

(左から)ヴェルサーチ、ルイ・ヴィトン、ブシュロン 2012年7月のパリ・オートクチュールコレクション中に発表された、
主要ブランドのハイジュエリー
(左から)ヴェルサーチ、ルイ・ヴィトン、ブシュロン
パリ・バンドーム広場に出店したルイ・ヴィトン(2012年7月) パリ・バンドーム広場に出店したルイ・ヴィトン(2012年7月)

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 その当時と比べると、いま起きている高級ブランドの売り上げ増はその背景が全く違う現象だというべきだろう。それは結論的にいえば、いま世界中で起きている「格差化」を表す現象の一つなのだ、と思う。高級ブランドはいま世界中で出現している超高額所得層を新たな顧客として迎えている。その顧客層の多くは、ファッション性よりも経済的な感覚でいざとなれば換金もしやすい高級ジュエリーや時計の方を選ぶだろう。

 こうした傾向は、日本でも例外ではない。公開講座では、東日本大震災の後で起きた復興特需ブームで、仙台などでは高級ブランドの売れ行きが絶好調とのやや皮肉な現象も紹介された。高級ブランドの顧客は、かつてのように「気合を入れたプレゼント」とか「自分へのご褒美」とかでちょっと無理して買っていた若い世代ではないのだ。たとえば、新宿バーニーズの主な顧客層は年収1,500万~2,000万円が主力なのだという。欧米の高級ブランドは、今の若者たちにとってはたとえ手に入れたとしても「コーディネートの一つ」「お笑いとしての演出」にしか過ぎないらしい。

 高級ブランドは、もともと一部の上流層のものだった。だがプレタポルテ(高級既製服)の進展と共に、欧米や日本で顧客層を広げたビジネスモデルと、いま起きている新高額所得層相手とでは違うものになっていくだろう。そして生き残っていくブランドは多分数少ない。その流れの中で、取り越し苦労かもしれないが、本物を目指した独自の物作りや伝統技術の多くがきっと失われてしまうことを危惧せざるを得ないのだ。

 

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。