伝統の「対決」に感じた「似たもの同士」

 

 ジャパンファッションウィーク(JFW)などの東京コレクションが10月20日で終わり、来年春夏ファッションの新作発表が出そろった。ここ数年続いているように、とりわけ目立つビッグトレンドは見当たらず、多くのブランドやデザイナーがそれぞれの伝統や自らのルーツを見直したような作品を発表した。だがこの傾向ももうだいぶ前からあったことで、その見直し方に今回特段の新味が感じられたというわけでもない。こんなことがいつまで続くのだろうか。

 伝統ブランドということで言えば、今回パリではクリスチャン・ディオールとサンローランの対決が話題となった。ディオールのデザイナーはベルギー出身で鋭角的でモダンなカットが得意のラフ・シモンズ、サンローランは以前ディオールのメンズでスーツの常識を覆したと言われたエディ・スリマン。どちらもこの二つの老舗ブランドのデザイナーに就任したばかりで、年齢も同じ44歳。レディースのプレタポルテ(高級既製服)では初めてのそろっての発表となった。

 ディオールは「解放」をテーマに、このブランドの元祖が1947年に発表した肩が張って腰のラインの高い「バージャケット」や、ふっくらとしたAラインのスカートなどを軽めの素材とすっきりとしたカットで仕立て直した服。1947年の服は当時「ニュールック」と評され、第2次世界大戦の戦中・直後に質素で武骨な服装を強いられていた女性たちを、華やかだった戦前の装いへの夢に向けて解放したといわれた。

 そしてサンローランの新作は、こちらもブランドの創始者が1950年代から70年代にかけて発表した数々のスタイルを引用したものだった。「スモーキング」といわれた黒のパンツスーツや、狩猟服を模した「サファリジャケット」や大胆なプリント柄の「マキシドレス」……。そんな今ではクラシックとされるスタイルを、エディは思い切った細身のラインと、揺れるような軽い素材で独自のスタイルに表現し直した。

 どちらの新作も、ブランド独自の伝統を十分(以上?)に引用しながら、それをデザイナー自身の作風でちゃんと消化した、という意味では共通している。結果としてどちらも個性的で、03年春夏コレクションの中でも群を抜く新作であることは確かだろう。メディアやバイヤーの評判でも、どちらに軍配を上げたかは別として高評価だった。しかし、どこか「似たもの同士」との印象は拭えないのだ。

クリスチャン・ディオール クリスチャン・ディオール
サンローラン サンローラン

写真はいずれも2013年春夏パリ・コレクションより 撮影・大原広和氏

 

 この対決は、ディオールがLVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)、サンローランがPPR(ピノー・プランタン・ルドゥート)というファッションを中心としたフランスの巨大資本グループの代表ブランド同士の対決として注目されていたことも背景にある。欧米や日本での売り上げ不振を新興国のマーケット拡大で打開するためには、ブランドの伝統をことさら強調する必要があるのだろう。その意味ではどちらも同じなのだ。

 ヨーロッパの古い都市(小さな村でも)を巡ると、結局どこも同じだと感じることがある。教会の前に広場があって、そこに役所とカフェ、マルシェ(市場)。そして民家があり、それを取り囲む城壁がある。規模の大きさにかかわらず、ヨーロッパの町や村の伝統的な構成の仕方は、地域を超えた普遍的で合理的な考え方に基づいているからだ。

 伝統を重視すると同じに見えてしまう、という意味では、今回のこの二つの伝統ブランドの対決も同じ構図にはまっているのではないだろうか。ヨーロッパで生まれ、今も続く近代的で合理的な考え方の最大の特徴は、それが普遍的であることを優先するため、個別な特殊性や一時的なはかないものへの視線が欠けてしまうことだ。

 この近代の合理性や普遍性は、科学技術や医学、産業・経営などの発展と結びついて世界(またはその一部)に豊かさをもたらせた。だがそれは資源や自然環境の再生力が無限にあって、マーケットも限りなく成長することが前提で、その前提はいま大きく崩れ始めている。

 ファッションが伝統を見直すのは悪いことではない。だが、たとえばディオールとサンローランは、近代の合理性や普遍性が現代という時代に向かって加速した、20世紀の後半に入ってから生まれたブランドだった。その伝統を本当に見直すためには、それぞれの個性や特殊性、そしてパリというローカルな地域性がどれだけあるのか?と考えてみることが必要なのではないだろうか。今回の新作を見る限りでは、そうした形跡はほとんど感じられないというしかない。だから同じように見えてしまうのだろう。

 とはいえ、あえて個人的に軍配を上げるとすれば、今回はサンローランの方だ。ヴォーグ誌の宣言などで「やせ過ぎモデル」が問題となっている中で、あえて極細のラインとそれに合うモデルを使ったから。大勢に逆らうためには確信と勇気が要る。そしてそれは個性に基づくに違いないからだ。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。