本当の地域の力とは? 「わたしのマチオモイ帖」

 

 このコラムで去年に何度か、東京ミッドタウンで開かれた三宅一生と日本各地の工芸産地とのコラボレーションの企画展を紹介し、そこで示されたこれからの日本の物作りの可能性について書いた。同じミッドタウンのデザインハブで開かれている「my home town わたしのマチオモイ帖」展(2月26日まで)は、さらにもう一歩踏み込んだ意味で「地域」の力の可能性を考えさせるユニークな試みのように思えた。

「わたしのマチオモイ帖」展会場 「わたしのマチオモイ帖」展会場

 展示されているのは、日本各地のクリエーター約340組が自分にとって大切な町や地域を自分の目線で見直してみたことをそれぞれ冊子にまとめたもの。コピーライターやデザイナー、写真家、イラストレーターといった面々が、写真やイラストなどと自分の言葉で思いを語り、冊子も自らデザインして仕上げた。冊子の大きさや形も多彩で、立派な本のようなものやつづら折りの短冊形や箱形、また2分間ほどの映像にしたものもある。

 ふるさとの町、学生時代を過ごした町、いま暮らしている町、とそれぞれだが、そこに住む人々や出来事などへの思いが詰まっている。そして、その思いから逆に、その町が育んできたそれぞれ独自のかけがえのない地域や人の表情が浮かび上がってくる。それは社会や国といったえたいのしれないものではなくて、人と人の実感できるつながりによってもたらされるものなのだろう。

 たとえば、グラフィックデザイナーの泉屋宏樹さんが作った「天神橋帖」。実家の大阪天満宮近くの天神橋筋商店街や、天神祭で太鼓をたたく友人の一日などを大きな写真集タイプの冊子にしたもので、この町に集まってくる人々のつながりとエネルギーが伝わってくる。泉屋さんはこの町で呉服屋を営む父親の「今はよう見とけ!」という言葉を胸に、「いつか自分に本当の役が回ってきた時に、自分の力を発揮できるようにしたい」と語っている。

 また、イラストレーター須川まきこさんの「田辺帖」は、生まれ育った和歌山県の海辺に広がる田辺市での中学生のころの自分の甘酸っぱい思い出をイラストと言葉で描かれている。6年前に大病で片足を失った須川さんは、義足センターで出会った仲間をこのふるさとに招き、義足を外して海で泳いだ。本に込めた思いは「生存率が2年で20%ともいわれた自分が、夏を迎えられた喜び。そして、来年はいないかもしれない自分に前向きに歩くきっかけをくれた仲間と、見守ってくれた家族への言葉にできないほどの感謝」だという。

「天神橋帖」(大阪府大阪市) 「天神橋帖」(大阪府大阪市)
「田辺帖」(和歌山県田辺市) 「田辺帖」(和歌山県田辺市)
「しげい帖」(広島県尾道市) 「しげい帖」(広島県尾道市)

 

 「マチオモイ帖」の発端は、大阪に住むコピーライターの村上美香さんがふるさとの瀬戸内海の因島・重井町への思いをつづった「しげい帖」だった。町の景観を守ろうと努力している人々の世話役から「重井町のことを何か書いてみんか?春の行事で配っちゃるけぇ!」と勧められた。この島でミカンやスイカを作って年老いていく両親や島の将来のために何かできないか?と悩んでいて、東日本大震災が起きた。まず自分のふるさとを思う気持ちを、震災でふるさとを失ってしまった人々への思いに重ねている。

 「しげい帖」には、書きためてきた詩や懐かしい写真を織り交ぜてふるさとの海や島の人々のぬくもり、両親への思いを込めた。22歳の母が26歳の父に向けた「生まれそうになったらみかんの丘にむかって黄色い旗をふる」との約束の言葉も添えた。1000部作った36ページの冊子は好評ですぐはけた。

 震災の後、「クリエーターが社会にできること」をテーマにした展覧会を企画していた大阪のアートディレクター清水柾行さんと印刷会社を営むプリンティングディレクターの築山万里子さんが、村上さんの「しげい帖」をクリエーター仲間に各地でやってもらうとのアイデアで一致してこの企画が実現した。清水さんは「ピンポイントな視点。『どんな人でももっているもの』であり、『その人にしか生み出せない価値』がそこにある。この方法で地域を『点』でつないでいけば、新しい日本地図が見えてくると確信した」と語っている。

「南三陸帖」(宮城県南三陸町) 「南三陸帖」
(宮城県南三陸町)
「ケセンヌマ帖」(宮城県気仙沼市) 「ケセンヌマ帖」
(宮城県気仙沼市)

 津波に襲われた宮城県気仙沼市の「ケセンヌマ帖」(石川武山さん)は、震災後直後と明かりがすこしずつ増えてきた街の写真を紹介して「明けない夜はない」との言葉を添えている。また「南三陸帖」(岩屋菜花さん)は、「あれから10カ月」として、この町の様々な家族の写真やインタビューの記録をまとめた。どちらからも伝わってくるのは、悲惨な災害に立ち向かう人々の自然体でたくましいエネルギーだった。

 物を生み出す地域の力とは、伝統の工芸技術や芸能、祭りといった高度に洗練された形にあるだけではない。むしろ本当の力とは、地域を育んできて今もそこで暮らしている人々のつながりの中に潜んでいて、個人の視点でとらえた目が複眼で重なっていくことでによって伝えられ、大きな力になるのではないだろうか。この企画は、その力がさらに横の広がりと縦への深まりに進む可能性を強く感じさせる。

 

東京ミッドタウン・デザインハブ特別展
「my home town わたしのマチオモイ帖」 は2月26日(日)まで。会期中無休・入場無料。
http://www.mebic.com/machiomoi/

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。