車とファッション メルセデス・ベンツの参加で東コレに求められる新たな「品質感」

 いわゆる「超円高」の勢いが止まらず、日本の各自動車メーカーは為替差損の弊害や国内生産の空洞化が進むことへの懸念を表明し続けている。国産車がそういった状況にある中で、メルセデス・ベンツがこの秋からJFW東京コレクションの冠スポンサーとして取り組んだ活動は、ファッションと車の実は深い関係を通して、先進国の自動車産業の今後のあり方への示唆にも富んでいるように思える。

メルセデス・ベンツ コネクション メルセデス・ベンツ コネクション

 公式スケジュールのファッションショーだけではなく、メルセデス・ベンツは東日本大震災の復興支援のためのファッションチャリティーのイベントや有料チケット制ショー、ファッション展、若手デザイナー支援を目的としたファッション賞の創設など、さまざまな形で東京コレクションの盛り上げに協力した。またこの7月には東コレの主会場である東京ミッドタウンの道路向かいに、自身のブランドのイメージや情報発信拠点として、カフェやレストラン施設も備えた期間限定(来年末まで)の「メルセデス・ベンツ コネクション」を開設。そこでもさまざまなファッション関連イベントが開かれた。

 そんなせいもあってか、今回の東コレはこれまでと比べて一般観客が大幅に増え、関連イベントも含めると期間中の入場者は約5万人。米・英国のファッションブロガーを招くなどネットでの情報提供などにも力を入れたことで、期間中のJFWの公式ウェブサイトは一日平均5万PVを記録した。また、海外メディアのスタッフも12カ国・地域から282人、外国人バイヤーも88人に増えたという。日本発のコレクションブランドの新作情報を一般消費者や海外に向けて広く発信するという意味では、以前よりずいぶん前進したというべきだろう。

 日本のブランドだけではなく、東コレ終了後もメルセデス・ベンツ コネクションでは、ラコステが米国の陶芸家ジョナサン・アドラーと共作した限定版のポロシャツの発表会などファッション関連イベントが開かれている。メルセデス・ベンツ日本のニコラス・スピークス社長はこうした取り組みについて、「車もファッションもスタイルであり、個人の表現の手段の一つ。そのことを特に若い世代に向けてアピールしていきたい」と説明している。

ラコステと米国人陶芸家のコラボ限定商品展示、手前はメルセデス・ベンツの新型車 ラコステと米国人陶芸家のコラボ限定商品展示、手前はメルセデス・ベンツの新型車
東京コレクシヨンの最終日、マスターマインド・ジャパンのフィナーレ。メルセデス・ベンツ日本のニコラス・スピークス社長とデザイナーの本間正章。後ろの車は本間がデザイン協力したベンツ 東京コレクシヨンの最終日、マスターマインド・ジャパンのフィナーレ。メルセデス・ベンツ日本のニコラス・スピークス社長とデザイナー本間正章。後ろの車は本間がデザイン協力したベンツ (大原広和氏撮影)

 以前、「ポルシェを着る」という表現を聞いたことがある。この車を乗り続けている友人の言葉だったのだが、ポルシェの操縦には半クラッチの多用を避けたりエンジンの回転数を高めに保ったりというような決まりごとがあって、そうしたスタイルを守ることによって、気に入ったブランドの服を着ることと同じ緊張感と喜びを感じることができるのだという。

 車とファッションの共通点はもう一つある。こちらは「ポルシェを着る」という例とは相反するのだが、どちらも常に新しさを打ち出すことで本来の耐久性よりはるかに短い期間での買い換え需要を作りだすという現代産業システムの旗振り役を果たしてきたことだ。この両者は相反する二つの意味での共通点を持っている。だが、メルセデス・ベンツがアピールしようとするのはポルシェの例の方だろうし、またそうあるべきだと思う。

 つまり、きちんと作り込んだものがもつ品質感とスタイル、着る・使うことでスタイルに共感すること。そうしたことが、大量生産・大量消費の産業システムが資源や環境の問題で行き詰ってしまった今、もの作りのあり方として改めて見直されようとしているのではないだろうか。ファッションも車も、品質やスタイルへの理解がなければ単なる見せびらかしでしかなく、決してカッコよくも見えない。

 このことは、車やファッションに限らない。日本のような高度な工業先進国では、技術や伝統を生かした高品質製品をつくり、それを理解できる国内の消費者や世界の高所得層に向けて高く売っていくことに活路を見いだすべきなのではないだろうか。少なくとも、いま求められているのは、発展途上国を含む全世界を相手に価格競争をして途上国並みの低コスト体質に「改革」することではない。円の対ドル為替レートが少し上がったくらいはものともしないようなもの作りの態勢を強化することが必要なのだ。

 メルセデス・ベンツと東京ファッションの関係でいえば、東コレブランドの弱点ともいえる「品質感の不足」にはやや不安を感じていたに違いないと思う。しかし、そこをあえて踏み切ったのだとすれば、東京のブランドの方でも日本のもの作りの伝統と世界に冠たるストリートファッションのポップなミックス感覚やハイテク素材を生かした新たな「品質感」とスタイルを打ち出す努力が求められている。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。