2012春夏東コレでベテランの健在が示したもの

 東京発のファッションブランドの新作発表ショーを集めたJFW・2012春夏東京コレクションが先週開かれた。東日本大震災の影響で今年春の2011秋冬コレクションが中止になって、代わりに多くのブランドが震災地支援のためのイベントや寄付活動などに参加した。そうしながらも、中には「もうショーなんて開けなくなるのでは」と思い詰めたデザイナーもいたようだ。1年ぶりのコレクションでは、震災の時代とファッションをめぐるさまざまな思いが感じられた。
 それが作品や言葉で直接に表現されていたというわけではない。多くの場合は、1年前までとは微妙に異なる色使いシルエット、パリやミラノのトレンドに対する冷めた距離感といった形で微妙に表されていた。または、そうした変化が無意識のうちに出ているとも見えるため、かえって震災が落とした影の深さがうかがえる、といったような表れ方だった。

 そんな中で、一見ではこれまでのスタイルと全く変わらない作品を発表した日本の代表的な二人のベテランデザイナーのショーが、デフレに追い打ちをかけた地震と原発事故の被災で沈む今の日本の社会、そしてそれとファッションとの関係をより深く考えさせてくれた。

芦田淳さん 芦田淳さん

 東京・六本木のホテルで開かれたジュン・アシダ(芦田淳)のショーは、明るいパステルカラーの心が浮き立つようなオーガンディのカクテルドレス(写真1)で始まった。そして水玉やボーダーの模様が揺れる綿麻のドレス……。3色のオプティカルプリントの絹の60年代風チュニックブラウス(写真2)も、軽やかでシック。どれも着心地がよさそうで、申し分なくエレガントだった。

 1953年にデザイナーとしてのキャリアをスタート、64年に自らのコレクションを発表して以来、芦田はずっと人と生活の奥に潜むような、落ち着いた美しさを醸し出す服を作り続けてきた。自らの才気を打ち出すことよりも、着る人への配慮を優先する「一職人」としての構えと例えてもよいだろう。ショーの最後に登場した芦田は目に涙をにじませていたように見えたが、それは再び服を作っていけることが確認できたことへの素直な喜びだったのではないか。

ジュン・アシダ (1)ジュン・アシダのオープニングのドレス
ジュン・アシダ (2)シルクコットンのチュニック

 ユキトリイ(鳥居ユキ)は、初コレクションから50周年の大規模な記念ショーを東京ドームのホールで開いた。最初に登場したチェック柄のシフォンのトップスとゆったりとしたシルクコットンのパンツのアンサンブル(写真3)を始め、作品はすべて一貫して彼女らしい小粋なタッチの色使いと軽やかな素材の遊び感覚にあふれた春の装いだった。

 鳥居は62年に母君子のショーに参加して自身の作品を発表、それから一度も休むことなく100シーズンにわたるコレクションを発表し続けてきた。その中でも「自分が着たい服、そして同世代の女性に共感してもらえる服」とのポリシーを律義に守ってきた。ショーの後で、会場の大型スクリーンにこれまでのコレクションの数々の映像が流れされが、彼女の一貫したスタイルの中にも時代の流れが色濃く反映されていたことが分かる。

ユキ・トリイ (3)ユキトリイのオープニング。チェック柄のトップスと朱色のパンツ
ユキ・トリイ ユキトリイのフィナーレ。中央が鳥居ユキさん

 この二つのショーを見て強く抱いたのは、日本にはこのようなエレガントで落ち着いた美しいものを作りだすデザイナーとそれを支える仕組みが健在なのだという感慨だった。それは、このような服がこれからも売れていくことが日本の経済的な再生のための大きなヒントになるのではないか、との思いにつながったからだ。

 とはいっても、なるべくお金を使えば不況を脱することになるのでは、という新自由主義の生き残り策の提案のような意味ではない。この二つのブランドはアジアの新興市場に向けたグローバル戦略を狙っているわけでも決してない。注目すべきなのは、ファッションという時代と切り結ぶことが求められる場でも、長年にわたって自らのポリシーを守り、その結果として簡単には追従できないような質の高さを獲得したこと、それが世代を超えた支持者を集めてきたことだ。

 そんな意味でも、この二つのブランドがショーで健在ぶりを見せたことを素直に喜びたいと思う。パリやミラノなど外国のコレクションでは、その国の代表的なベテランデザイナーのショーには、同国人のジャーナリストたちがこぞっていつも身びいきと思える大げさな身ぶりと拍手を送る。パリではソニア・リキエルやジャンポール・ゴルチエ、ミラノではアルマーニやミッソーニ、英国のヴィヴィアン・ウエストウッド、ニューヨークのラルフ・ローレン……といった具合に。

 我々も負けずにそうしたいものだと思う。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。