「インプラント歯科矯正」と新技術の扱われ方

 今回の話題は目先をちょっと変えて、日本で開発されて海外から注目を集めているのに国内ではまだほとんど無視、という歯科矯正治療の新技術について。ファッションやアートの新しいクリエーションは海外(特に欧米)で評価されて、それでやっと国内でも認められるケースが多い。特に世界的に最先端のものほどそうなのだが、歯科治療の世界でも事情は変わらないようだ。

 ファッションの場合でいえば、高田賢三や森英恵、それに続いた三宅一生や山本耀司、コムデギャルソンの川久保玲といった日本のファッション界の歴史を担ったデザイナーのほとんどもその例外ではなかった。評価する下地の面では欧米の方が先行していたという訳もあるのだが、評価された内容は日本の伝統的な文化や美意識を色濃く反映したものだった。それが時代の先端に立ったと判断するのは日本にいてできないはずはないと思うのだが。

 歯並びの矯正といえば、以前は金属のワイアーを歯にびっしりと巻き付けたアメリカ人の少女の顔が思い浮かんだものだった。しかし最近は女の子に限らず、若い世代から中高年層まで幅広い年齢層の男女が矯正を受けるようになっているという。歯科矯正は見た目のためだけではなく、事故や歯肉の病気などで歯が失われることで生じた歯列の乱れや、健康的なかむ力を保つというアンチエイジングのためなどに日本でも積極的に行われるようになっている。

 アメリカでは150年以上も前からといわれているが、矯正の技術はそれなりの進歩を遂げてきた。矯正には月単位のかなり長い時間が必要で、歯に付けた矯正装置は見栄えもよくない。そこで最近は歯の裏側に装置を付けたり、人工歯根を埋め込むインプラントの手法を導入したりする技術が使われるようになっている。インプラント矯正は15年ほど前に日本で開発され、海外ではそれがもう主流になっているのに日本ではまだ広くは用いられていない。そんな中で、インプラント矯正の利点をさらに高めようと技術の改良に取り組んできた東京の歯科医師が、インプラントを基点に歯への力を3次元の方向に加える画期的な装置を考案した。

斉宮康寛さん 斉宮康寛さん

 原宿駅近くで「神宮前矯正歯科」を開業しているこの歯科医師、斉宮(いつき)康寛さんの方法が画期的なのは、歯列以外の場所に一時的なインプラントを施すこと。そこに独自に考案したプラットホームを設置してバネのようなアームで歯に力を加える。この力の強さと方向を決めるためには、歯列の乱れを理想的なかみ合わせとのずれを数十カ所の地点で計測してその人の本来あるべき形を決め、それに向かうように調整する。素材の質や力の加え方、またあるべきモデルを決めるためのデータの決め方などは試行錯誤を重ねるとても細かい調整、そしてなるべく仕組みを単純化することが必要だった。「細心の工夫を積み重ねた上で、患者に負担のかからないなるべくシンプルなものにしたかった」と斉宮さんは語る。

斉宮康寛さん考案の、新技術によるインプラント歯科矯正 斉宮康寛さん考案の、新技術によるインプラント歯科矯正

 この新技術は海外ではすぐに注目され、欧米やアジアの歯科医師や研究者からの照会や実際に矯正治療に導入する例も増えている。そのための装置の自国での製作と供給についての引き合いもすでに来ているという。しかし、肝心の日本ではまだ積極的な反応は薄く、正式な治療技術しても認められていない。学会誌などに論文を掲載することも、まだはばかられる状態だという。「国内できちんと認可されてこの方式を試みる人が増えれば技術はもっと進歩するのに、その機会が奪われていることが残念」と斉宮さん。

 歯並びが良くなると、大抵は顔の外観もよくなる。というより、どんなにいい服を着ておしゃれをしても、歯並びが悪かったり変な安い靴を履いたりしているとそれが台無しになる。もし今や日本がファッションの先進国だと自認するなら、日本で生まれた最先端の歯科矯正技術を国内でもっと評価して技術をさらに高めて海外に売り出すことが必要なのではないだろうか。そして、このようなケースは歯科矯正やファッションだけの話ではないのだと思う。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。