銀座の久し振りのにぎわいが示した「商いの原点」

 人の出が少し戻ってきたようだが、大震災発生以後、東京の盛り場は寂しげな状態からなかなか回復できていない。節電で前より暗いせいもあるが、人々の歩調が速めになっていて表情もどこか余裕が欠けているように見える。被災地のことを思えば、というせいもあるのかもしれない。しかし盛り場が静かでもそれが助けになるわけではないだろう。

バーニーズ ニューヨークで開かれた音楽セッション バーニーズ ニューヨークで開かれた音楽セッション

 そんな中で今月3日金曜の夜、東京・銀座の並木通りの界隈(かいわい)が久しぶりに楽しげな雰囲気でにぎわった。この地区にある40の店がふだんより遅くまで店を開け、客にシャンパンやワインをふるまったり、店内でミニコンサートや写真展を開いたり、という共同企画「ナミキ・ナイト・クルーズ」を実施したためだった。

 参加したのは、ファッションや食の老舗店や海外高級ブランドの直営店などいずれも銀座を代表するような名店ぞろい。いつもなら入るだけで緊張してしまうような店ばかりだが、誰でもお酒やスナックを勧められ、人の入りが多いとリラックスできて何やら心が浮き立つ。知った顔に会えば話もはずむし、店のはしごをしているうちに、久しぶりに何か買いたい気分にもなる。

 といっても、通りには企画の垂れ幕やポスターが張ってあるわけでもないし、特別な照明や飾り付けもあったわけではない。訪れた人々を楽しませたのは、それぞれの店が工夫をこらした「もてなし」だった。並木通りでは最も古くから営業している高級セレクトショップ「サンモトヤマ」では、今年90歳になった創業者の茂登山長市郎会長が接客に余念がなかった。

 茂登山会長が店を開いたのは戦後間もない頃だった。銀座も空襲などで多くの建物が焼失した。「あの時のことを思えば、東北の町も必ず立ち直れる。だから私たちは鎮魂歌だけをうたっていてはいけない。悲劇を克服すれば、その後には必ずよいことがくる」と語った。産業が立ち直るためには、流通がきちんと維持されている必要があるという。

シェリー酒のサービス(カレラ イ カレラで) シェリー酒のサービス(カレラ イ カレラで)

 流通、つまり商いの原点は「お客を飽きさせないこと」というのが茂登山会長の一貫した持論だ。「モノを売るだけではなく、客と直接に向き合ってお相手することが原点。そのためにはお互いが楽しもうとする遊び心が必要なのです」という。この夜、サンモトヤマでは談笑のさかなに極上のシャンパンとワインがさりげなく差しだされ、一見地味だが深い味わいのスナックや、すぐに売り切れてなかなか手に入らない「空也」の最中が惜しげなくふるまわれた。

 スペインの王室御用達の宝飾ブランド「カレラ イ カレラ」の店では、樽(たる)から長いひしゃくでシェリー酒を空中に弧を描いて注ぐサービス。「バーニーズ ニューヨーク」では地下のフロアで開かれた音楽セッションを多くの客が楽しんだ。この地区に多い画廊が開いた「画廊の夜会」企画では、オーナーや作家らがリラックスした表情で語り合った。

 この企画全体は、東北の被災地支援も大きな目的だった。参加店がそれぞれえりすぐった自社製品を提供し、それらが当たる一口1,000円の抽選券を客が買うチャリティー抽選会も開かれ、売上金の全額が日本赤十字社に復興支援金として寄付された。

 3.11の震災以後、銀座は急速に人出が減った。放射能の被災を恐れた中国などアジアからの買い物客もほとんど来なくなり、「こんな時にぜいたく品を売っている場合か」と店の営業自粛を求める声も少なからずあったという。しかし、この夜の銀座には決して派手ではないが、久し振りに銀座らしい落ち着いた華やぎが感じられて楽しかった。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。