ファッション業界にみる、大災害の中の希望

 東日本大震災が引き起こした災害は、いまもなお日本全体に現在進行形の暗い影を落としている。直接の被災に加えて、「こんな時に」という理由による不必要な自粛やあいまいな風評被害が、福島原発の成り行きの不安さに増幅されて広がっている。

 こんな時に、といえば、ファッションは最初にやり玉に挙げられる対象の一つなのかもしれない。被災地のことを思えば、おしゃれだの流行だのと言っている場合ではないだろう、というわけだ。だが、そう非難されることでファッション業界は、かなり深刻な「風評被害」を受けることになる。風評だけではなくて、ファッション産業は縫製工場の被災や物流の停滞のほか、外国人モデルのいっせい帰国などといった直接的な打撃も被っているのだ。

「ファッションガールズ・フォー・ジャパン」(東京・表参道のジャイル3Fで) 「ファッションガールズ・フォー・ジャパン」(東京・表参道のジャイル3Fで)

 3月の中旬から開かれる予定だった東京コレクションは、震災直後ということもあって急きょ中止になった。次のシーズンの新作を発表する機会を奪われたことは大きな痛手となる。だが、多くのブランドや業界関係者らがその代わりに取り組んだのが、被災地への活発な支援活動だった。

 たとえば、4月22、23日には東京・表参道で、国内の約50ブランドがそれぞれのアーカイブ作品を持ち寄ってセール価格で販売、その全額を災害支援金として寄付するチャリティーセール「ファッションガールズ・フォー・ジャパン」が開かれた。会場は初日の午前中から入場者が詰めかける大盛況で、出品作はほぼ売り切れたという。

ジャイルの地下フロアでは有機野菜の支援販売も ジャイルの地下フロアでは有機野菜の支援販売も

 この企画の担い手は主にファッション、アートの分野で活動するクリエーターたちで、3月11日の地震発生から6時間後に地域別震災情報サイトを立ち上げ、被害情報や安否情報、被災者に有用な情報などを提供し続けた。震災から10日間で130万ページビューを超える閲覧があったという。チャリティーセールはその活動の延長の一環として開いたそうだ。

 チャリティーショーを単独で開いたり、いくつかのブランドが共催したりのケースも少なくなかった。また今月15日には、東京コレクションを主催する日本ファッション・ウィーク推進機構と東京ファッションデザイナー協議会などが共催した「東日本大震災復興支援チャリティー・ファッションショー」が、東京・代々木の文化服装学園で開かれた。入場寄付金と特製のTシャツなどの売上金が福島県の災害対策本部に寄付された。会場には被災地からの東京避難者も招かれた。

 こうした支援活動はもちろん他の業界でも行われたが、ファッション業界ではとりわけ活発なようだ。「こんな時に」と言われることを意識して、ということもあったのかもしれない。だがチャリティーショーの参加者からよく聞いたのは、「自分たちも大変だけれど、被災地の苦しみの方がより重い。今はそちらを優先させるべきだ」という言葉だった。そしてもう一つ印象的だったのは、ふだんのショーよりもずっと熱気があって楽しげな観客の表情だった。

 大災害が起きて食料を始めとする必要物資が不足すると、奪い合いや盗みが横行するという考え方がある。警察や役所の機能が止まってしまい、多くの人が生き延びていくためにむき出しの生存競争に走る、と思うからだ。これはホッブスが説いた「万人が万人に対してオオカミになる」という「自然状態」で、現在の自由主義経済や法治国家はそうしたことを前提に成り立っているとの考え方だ。

 しかし東日本大震災で起きたことは、これとはほぼ正反対のことだった。被災者らは他の人を思って援助物資を最小限しか受け取らず、一個のおにぎりを分け合って食べた。想像力の乏しい菅内閣や行政府の鈍い対応より先に、被災者自身が助け合い、協力し合うネットワークができて、そこに自衛隊や消防、医師や地元自治体の職員らが救済者として加わり、他地域からのボランティアの人々が集まった。

 こうした現象は日本だけに限ったことではない。アメリカのノンフィクション作家レベッカ・ソルニットが書いた「災害ユートピア」(亜紀書房)によれば、ニューヨークの9・11連続テロ事件やニューオリンズのカトリーナ襲来の時も、ほとんどの人々は驚異的なまでに利他的になり、互いに助け合ったことを、綿密な調査や聴き取りを通じて明らかにしている。

 ここ数年来の業績不振と今回の震災被害を受けたファッション業界のチャリティー活動は、このような「災害ユートピア」現象を示す一つの顕著な現れといってよいだろう。そしてそれは、今後のファッションの流れにとって大きな意味を持ってくるに違いないと思う。

 大災害は多くの不幸をもたらすが、しかし絶望だけではなくてその中から未来に向けた希望をも生み出しているのではないだろうか。混乱の中でいかに生き残るかではなくて、どれだけ人のためになるのか? そう考える方が結果的に合理的なことを震災は示している。企業にとっても、このような「災害ユートピア」的マーケティングを考えてみる機会なのではないだろうか。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。