東日本大震災 自粛モードを打ち破る発信を

避難所(山形市総合スポーツセンター) 避難所(山形市総合スポーツセンター)

 地震とファッションというテーマで思いを巡らせていたのだが、津波の被害の大きさが明らかになったうえ福島の原発事故が深刻になってきて、どうやらそれどころではない事態になってしまったようだ。動向をよくウオッチしていなければならないが、冷静さは失わないようにしたいものだと思う。

 非常時にはふだんとは違う物事の優先順位ができる。まず、この地震と津波による多くの被災者の悲しみと困難に何ができるか、そして被災の拡大を防ぐための情報の開示と手立て。この二つが何よりも優先されると思う。また被災地以外のところでも、混乱を防ぐため、またはすでに起きている混乱に対処するために多くの人たちが必死の努力を続けている。だがそれ以外にも、どんな判断基準でそうなったのかよく分からないことも多く起きている。

 すでにスポーツや音楽などの催しが中止・順延されたり、通常の新聞広告、テレビCMがほぼ消えたりしている。そしてスーパーではパン類や電池、ティッシュペーパーなどの棚が空になり、電力不足とのことでネオンサインの灯も消えて、交通網も各地で寸断されている。

 ファッション業界でも、秋冬物の新作発表シーズンなのに東京コレクションが中止となり、各ブランドからの発表イベント中止の通知メールやファクスが山のように届いている。ショー会場の電力不安や交通網の乱れ、余震が続く中での観客の安全確保ができないという理由が多かった。新作の展示会はなんとか開くようだが、やはり「こんな時にファッションの催しなど不謹慎ではないか」との内外からの自粛ムードが働いているようだ。しかし、本当にそれでよいのだろうか?

 不測の事態に陥った時は、とりあえず最低の安全や食料や水、電気といったライフラインの確保が求められる。だが本当におびやかされているのは、そうした「最小不幸社会」のようなものではない。家族や友人との何げない語らいや笑い、音楽やおしゃれ、退屈なまどろみといったような普通の楽しみを伴った日常生活なのではないか。

 だとすれば、こんな時だからこそファッションのイベントがあってもいいし、ささやかなお笑い番組や音楽が聴ける機会などがもっとあった方がいいのではないかと思う。気分にゆとりができれば必要以上の生活用品を買い込もうという気にならないだろうし、より困っている人たちへの想像力ももっと働くはずだと思う。

 とはいえ、福島の原発の推移は予断を許さない状態が続くに違いない。場合によっては日本の東半分が機能不全に陥るような危険を秘めた、まさに「ダモクレスの剣」のように今後もずっと我々の頭上につり下がることになるだろう。そしてこのことは、いまの危機がそのうちのど元を過ぎ去るようになくなって元の状態になることにはならないことを意味している、と思う。

 だからといって、必要以上に悲観的になったり、意味のない自粛ムードに陥ったりしてもつまらない。劇作家・演出家で俳優の野田秀樹は地震発生で休演したNODA・MAP「南へ」の公演を4日後に再開した。彼は「自分の首を絞めるような自主規制下に置かれていた気がする」、そして「音楽や美術や演劇が不自由になった時代がどれだけ人間にとって不幸な時代だったか誰でも知っていることです」と語った。

葉加瀬太郎氏 葉加瀬太郎氏

 J-WAVEのラジオ番組「モダイスタ」では先週、世界中のミュージシャンやDJから寄せられた元気の出るようなメッセージと音楽を集めた特集を放送していた。ロンドンで震災翌日からチャリティーコンサートを連日開いているバイオリニスト葉加瀬太郎さんに電話して現地での応援の状況を聞き、彼が作曲したNHKの朝の連続テレビ番組の主題曲の演奏や、シンディー・ローパーが歌うバラードや、沖縄民謡など、言葉の力と音楽の治癒力のようなものを実感させられた。

 スタッフはこの番組を急きょ作るために、時差の壁を超えて不眠不休でがんばったという。番組冒頭に日本のジャズバンドの鎮魂曲が流れ、「東京にはまだ水がある。関西は無傷です」と語りかけた。その彼らとは以前何度か会う機会があったのだが、みんな若々しいセンスがあっておしゃれで、かつとても謙虚だった。そんな彼らなりの姿勢と今回の努力を評価したい。同じようなことがファッションの世界からもこれから発信されると信じたい、もちろん他の業界からも。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。