シュルレアリスムと女性とファッション、不徹底なまなざし

「シュルレアリスム展」 「シュルレアリスム展」

 東京・六本木の国立新美術館で「シュルレアリスム展」が開かれている(5月9日まで)。近くを通りかかって時間があるので何げなく入ったのだが、改めてファッションとシュルレアリスムの深い関係を考えさせられた。パリでは何度か機会があってすでに見た覚えのある作品が多かったのだが、今回の簡潔な展示によって今までぼんやりと見落としていたことに気付いたという次第だ。

 といっても、展示ではファッションについて特に何かを示していたわけではない。むしろ企画意図でも全く考えられていなかったのではないかと思う。展示作品はパリのポンピドゥセンター所蔵の作品から選んだ絵画や彫刻、オブジェや写真など約170点。しかし、その多くを通して感じとれたのは、「女性」という存在についての現実と夢が折り重なった関心の深さだった。

シュルレアリスムの作家たち シュルレアリスムの作家たち

 20世紀最大の芸術運動とされた「シュルレアリスム」は、なかなか難解だし定義も難しい。展覧会のパンフレットに従えば、「日常的な現実を超えた新たな美と真を発見し、生の変革を実現しようと試みるもの」とのこと。作品から伝わってきたのは、作家たちはその「日常的な現実」が男性的な原理で形作られていると考えていて、超える契機を女性に求めていることだ。

 女性の顔がヌードのトルソになっているルネ・マグリットの「凌辱(りょうじょく)」、フランシス・ピカビアの「ブルドッグと女たち」などのような女性を直接にスキャンダラスに描いたものも多い。しかしそれ以外でも、魚や花、チョウ、楽器といった女性を暗示するモチーフが少なくない。そして、そのどれもが夢や欲望、衝動性といったような、いわば女性的とされていた感覚によって「超現実的」に変形されているのが特徴だ。

 ファッション写真家としても活躍したマン・レイの「ミシンと雨傘」は、衣服を作りだしそれを身にまとう存在としての女性がミシンによって表現され、男性的なものの象徴としての雨傘と対置されている。相対立するようなものをポンと並べて偶然のように生まれる美を表現しようとするのもシュルレアリスムの特徴的な手法の一つだ。

 こうした作品とその手法を見ていると、これは実はファッションの手口とほとんど一緒なのだということが分かる。ファッションはただの現実に過ぎない、または、多くは男性によって作られた常識によって現実とされている身体をさまざまな無意識や欲望によって可視的に変形するものだからだ。その意味では、ファッションはむしろ本質的にシュルレアリスムなのだといってよいのかもしれない。

 ファッションとシュルレアリスムの関係でいえば、この展覧会では取り上げられていなかったが、エルザ・スキャパレリはサルヴァトーレ・ダリとたびたびコラボレートするなどこの運動ともかかわる大胆なデザインを発表し続けたことで知られ、同時代のココ・シャネルもシュルレアリスムの作家たちとのかかわりが深かった。

 シュルレアリスムでは、表現の対象としてだけではなく、女性の作家たちも数多く参加していた。ただし気になったのは、この展覧会でも展示された数々の資料などでもそうだが、その多くが男性の作家たちによって書かれていること。そして表現された女性的なものが男性の視点によるものだったことだ。男性作家たちは女性をほめたたえてはいるが、決して同等には扱ってはいなかったように思える。

 シュルレアリスムの契機は、第1次世界大戦に参戦してあまりにも多くの非合理な死や犠牲に直面し、それがヨーロッパの近代主義の帰結だと絶望して反発した若者たちの思いだったといわれる。彼らはその近代主義の原理を男性的なものと解釈し、それを超えるヒントを女性に求めたのだろう。にもかかわらず、女性への視点の根底では近代的な男性中心主義から脱却できなかったということなのだろうか。

 多分、この展覧会でファッションについての言説がなかったことも、ファッションを本質的に女性的なものとして低くみなす考え方によるものだったのでは?との気がしないでもない。

 しかし、いまシュルレアリスムが注目されるのは、20世紀のはじめに彼らが直面した近代産業社会の矛盾がついに逃げ道なしの本格的な危機に差しかかったからなのではないだろうか。だとすれば、今こそ改めて女性的なるものへの本当の見直しが必要とされているのだと思う。そしてそれはファッションへの曇りなしのまなざしにもつながるのではないだろうか。

 

◇上間常正氏は、朝日新聞デジタルのウェブマガジン「&」でもコラムを執筆しています。

上間常正(うえま・つねまさ)

1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリストとしても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。